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b.ベンジャミン/孤独になれる場所
ベンジャミン・ウォーカーは孤独だ。
いつも一人でいる。
それが苦になるわけではないし、それで特段何か悪い事があるわけでもない。ただ事実として孤独だ。
彼の名前の元にもなったベンジャミンの大樹の下で、市民図書館で借りた分厚い本を時間が許す限り朝から晩まで熱心に読む姿は、いつの日か小さな町の人々皆の知るところになっていた。
「ベンジャミンの下のベンジャミン」
そう呼ばれる彼は今朝も、昨日読み終わったばかりの分厚い本を図書館に返却して新しい分厚い本を借り、ベンジャミンの樹の下へ向かう。
図書館からベンジャミンの樹への道中、いつも通っていく市場で商いをしている隣の家に住むおばさんが、いつものようにベンジャミンに声をかけた。
「おはようベンジャミン、またご飯も持たないで出てきたのかい?若い子が一日何も食べないのはよくないよ、ほらこれを持っていきな、これなら手が汚れないから」
そう言ってベンジャミンに少し大きい紙袋に入ったパンとチーズを持たせてやる。
「ありがとうおばさん」
ベンジャミンは深くお辞儀をしたあと、再び歩き出した。
市場の出口に差し掛かったところで、いつもそこで商いをしている果物売りのおじさんが、いつものようにベンジャミンに声をかけた。
「おはようベンジャミン、今日も樹の下かい?最近いいお天気だから外で食べるのは気持ちいいだろ。今日はちょうど不揃いのりんごが余ってるから何個か持っていきな」
そう言って、おばさんが持たせた紙袋にりんごを3個入れてやる。
「ありがとうおじさん」
ベンジャミンは深くお辞儀をしたあと、再び歩き出した。
市場を出て住宅街の間の坂を上がっていくと、途中に小さな礼拝所がある。前を通りかかったところで、いつも礼拝所の前を履き清めている管理人のおばあさんが、いつものようにベンジャミンに声をかけた。
「おはようベンジャミン、今朝もヤギの乳がたくさんとれたんだけど、おばあちゃん一人じゃ使い切れないから少しだけ貰ってくれるかい?缶は家の前に置いておいてくれればお使いの子が通りがかりに拾うから」
そう言って、おばさんが持たせた紙袋にヤギ乳の入った小さな缶を入れてやる。
「ありがとうおばあさん」
ベンジャミンは深くお辞儀をしたあと、再び歩き出した。
またしばらく歩くと、ようやくベンジャミンの大樹が見えてくる。ベンジャミンの大樹は街の中心部、全ての坂道を登った一番高い場所、低い柵に囲まれた小さな広場に、こんもりとした葉を茂らせながら立っている。
その傍らに、小さいけれど綺麗な碑が設置されており、そこにはこう刻まれている。
『偉大なる町の守り人、賢者ウォーカーを偲んで』
ベンジャミンは樹の下へ到着すると、まずその碑の前に跪いた。そして手を組んで目を閉じる。
今日のようによく晴れた日は、いつもより多く祈る。
ベンジャミンが彼の人に拾われた時も、彼の人が死んだ時も、その翌日の朝も、よく晴れた日だったから。
そして彼の人の瞳の色も、よく晴れた空の色だったから。
ベンジャミンはひとしきり祈ると、樹の下に腰掛けて分厚い本をめくりはじめる。そして日がな一日本を読み、その間に人々に貰ったパンやチーズやりんごを食べ、ヤギの乳を飲み、夜になったら元来た道を辿って帰って行く。
その間、ベンジャミンの樹に近付く者は一人もいない。
ベンジャミン・ウォーカーは孤独だ。
いつも一人でいる。
それが苦になるわけではないし、それで特段何か悪い事があるわけでもない。ただ事実として孤独だ。
彼の悲しみが癒えるその日まで。
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