h.ヘイデン/今日も明日も明後日も

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h.ヘイデン/今日も明日も明後日も

「ヘーイーデーンー帰るぞー」 遠くから聞こえてきた巨人のニーサの声に応えるように、ヘイデンは精一杯息を込めて角笛を吹き鳴らした。 次いで杖についたベルを盛大に鳴らして、小さい頃から一緒に育った相棒の二首狼たちに牧畜の群れの誘導を合図をする。 合図をするまでもなく、四頭八首の賢い彼らはニーサの声が聞こえた時点で牧畜たちの誘導を始めているが、それはそれ。 きちんと決められた合図を出すことは、遊牧民としての嗜みであり、二首狼たちに対する礼儀だとヘイデンは考えている。 豚や羊や牛や山羊や鹿や他にもいろいろ、様々な、蹄のあったりなかったりする動物たちの入り交じる不思議な群れは、四頭八首の狼たちに追い立てられて緩やかに同じ方向に進みだす。 群れ全体が見えるように気を配りながら、群れの一番後ろを時折じゃれに来る二首狼と戯れつつ歩いて行く。 暗くなり始める頃には今の野営地につくだろう。 今日の晩御飯は何かなどと考えながら、ヘイデンは今日も危なげなく野営地への帰路についた。 野営地に戻る途中で巨人のニーサと合流する。 今日は狩りでなく、近くの沢で釣りをしていたようだ。 ニーサは釣果は上々だと、魚の山ほど入った籠の中を見せて機嫌よく笑ったあとで、ヘイデンを「お前はまた一段と群れを率いるのが上手になったね」と褒めて、いつもどおり肩に乗せた。 ニーサの肩はヘイデンの特等席で、雲や星が近くなるそこがヘイデンは大好きだ。 ニーサの足元では、時折群れの誘導から外れた二首狼がチョロチョロしている。 徐々に日は西に傾き、空は桃色と橙色の混じり合った美しい色合いに染まっていく。 いつもどおりの夕暮れ時の風景に、ヘイデンは目を細めてふっと息を吐いた。 ヘイデンと巨人のニーサとは、ヘイデンの物心がついた頃から一緒に旅をしている。 もちろん血の繋がった親子ではない、なにせ種族もサイズ感もぜんぜん違う。 ヘイデンは人間族の子供であり、ニーサはヘイデンの五倍も背丈のある巨人族だ。ヘイデンの額には何もないが、ニーサの額にはひしゃげた角が生えている。赤毛がお揃いだけど、それだけ。 ニーサは、あてのない放浪の旅の途中に草原で四頭の二首狼の赤子に埋もれて眠るヘイデンを見つけたとき、この子供を連れて行くのが神に与えられた自分の運命だと感じたのだと、寝物語にヘイデンに聞かせた。 ヘイデンはその話を、たいていは揺り籠がわりのニーサの手のひらの上で、時に大きな膝の上で、微睡みながら聞いて育った。 ヘイデンはニーサを母ではなくただニーサと呼ぶし、ニーサはヘイデンを我が子と呼ばず、ヘイデン、もしくは私の運命と呼ぶ。 そして四頭の二首狼と減ったり増えたりする牧畜を率いながら広い広い草原をどこまでも旅をする。 そうやってヘイデンの人生の殆どを二人で生きてきた。 生き物には本来生んだ親というものが存在するらしいが、ヘイデンはそれがどんなものか知らない。 けれど子を産んだ牧畜がそうするように、自分にとっての親の役割を果たしているのがニーサである事はわかる。 血はつながらないけど、母とは呼ばないけれど、赤毛以外何もかもぜんぜん違うけど、ニーサはヘイデンにとって、親であり大切な家族だ。 二首狼たちも同じで、ぜんぜん違うけどヘイデンの兄弟で家族だ。 きっと牧畜だって。 ヘイデンの家族は、ぜんぜん違う者たちが集って作られている。 ヘイデンは、このぜんぜん違う家族たちとの日々を愛している。愛して、それが明日も変わらず続くようにと毎日願ってすごしている。 空が暗くなって、空の東側には星が瞬くようになった頃、野営地に到着した。 ニーサの肩から降ろされたあと、ニーサは野営地に灯りを灯してまわり、ヘイデンと二首狼たちは牧畜たちを簡易の囲いにしまって、夕食の準備をはじめる。 今日の晩御飯はニーサが獲ってきた魚と、保存している硬いパン、そういえば昨日通りがかった商隊の手伝いをするかわりに分けてもらったものの中に、砂糖漬けの果物があった。 めったに食べられない甘いものがある事を思い出したヘイデンは、嬉しくなってニーサの元に駆けていく。 その周りで押し合いへし合いしながら二首狼たちも続く。 「あのねニーサ!」 ニーサの足元で興奮しながら呼びかけた、二首狼に埋もれたヘイデンを見下ろした巨人の目は、優しい緑色をしていた。
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