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i.イアン/火の鳥に魅入られた少年
たまたま見つけて仮の宿としている洞窟の外は、今日も吹雪いているようだ。入る時は平坦だった入り口が、今ではもう半分も埋まっている。こんなに毎日激しく吹雪いて飽きないのだろうか。イアンは残り少ない食糧の事を考えると憂鬱な気分になった。
イアンは世界の東側にある、比較的温暖で気温も天候も安定した、水の多い桃色の花の咲き乱れるような地域に生まれ育った。故に寒さにも飢えにも縁がない。そんなイアンが今は北の最果ての洞窟の中で明日の飢えの心配をしながら吹雪をやり過ごしている。人生とはわからないものだ。
幸い、北の地に足を踏み入れる前に鍛冶や魔法の得意な小人の一族と縁を持ち、寒冷地用の魔法や装備を見繕って送り出して貰ったため、イアンが寒さに震える事はない。つくづく人には親切にするものだ。
小さくなってきた火に小人から貰った魔法の枝を一振りくべると、再び炎が大きく燃え上がった。明日は吹雪は止むだろうか。そうなってくれないと困る。あともう少しで、北の最果てまで来た理由である火の鳥が住むと言われる伝承の地へとたどり着けるのだ。
イアンは冒険の始まりである火の鳥の伝承の巻物が入った筒を枕代わりに頭の下に挟むと、いつもどおり眠りについた。
始まりはイアンが7つの頃に遡る。
イアンが住んでいたそう大きくはない町に訪れた北からの移動バザールの中に、背の低い古道具屋の老人がいた。
学校から脱走してぶらぶらしていたイアンは、街のはずれで老人の荷馬車が動かなくなってしまったところに出くわし、学校をさぼったことがバレるのも恐れずに町の大人に助けを求めに行った。老人の荷馬車は無事動き、イアンはもちろんひどく怒られたが、老人にはたいそう感謝されお礼にと譲り受けたのが老人曰く長年の宝物であった火の鳥の伝承の巻物だ。
紺色の古びた筒を渡されたときは何をそんな汚いものをと思ったものだが、それが火の鳥の伝承の巻物だと知った時イアンの幼心は踊った。古びた紙に綴られた見た事のない文字、美しい火の鳥の挿絵、そして紙と一緒に出てきた美しい半透明の緋色の羽。緋色の羽に魅入られるイアンに、老人はそこに描かれた物語も読み上げてくれた。
物語の内容はざっくりとこうだ。
はるか昔、火の鳥がいた。火の鳥は絶えることなく大空を羽ばたいては世界を巡り、世界を暖める存在だった。
ある日地の神が悪戯で放った弓にあたり、流星となり地に堕ちた。落ちた流星を探しに来た人間の旅人と出会い、再び空に戻るための協力を得た。火の鳥は協力関係の中で人間の旅人と友情を育んだ。
火の鳥が空に戻る事になったとき別れを惜しむ旅人と火の鳥は約束を交わした。
「一年のうち四分の三は世界を暖めるが、四分の一は地に降りるので、その時に北の果てで会おう」
そうして世界には冬が生まれ、北の果ては旅人以外の人間が近付けないようにより厳しい寒さに閉ざされた。
火の鳥は今も極寒の北の果てで一年の四分の一を過ごしており、極寒を超え訪れた旅人に友情と祝福を与えるという。
すでに美しい緋色の羽にすっかり魅入られたイアンは、その物語を聞いてすっかり北の果てに行くことに運命を感じてしまい、それから3年後の10歳のとき、綿密な準備の末学校を脱走し、そのまま家も出て旅路についてしまったのだ。
それから数年が経ち、今に至る。
10歳のほんの子どもが、準備をしたとはいえ一人きりで旅に出てよくも何もなくここまでこれたものだというのは、イアンも旅路を通して理解している。
世界には美しいものや楽しいものと同じ程に危険があり、人やタイミングに恵まれていなかったらイアンもあっという間にそこに呑み込まれていただろう。それ故に、誰かを助け、誰かに助けられ、決して一人の力ではここまでは来れなかっただろう恵まれた旅路、それこそが自分が火の鳥に出会う運命である事を示しているのだとイアンは確信を深めていった。
目を覚ましたイアンがここ数日の習慣通りに魔法が込められた道具を使って入り口付近の雪をまとめて溶かすと、昨晩までの吹雪が嘘のように空が晴れ上がっていた。
外に出ると、毎日溶かしていた部分以外の外側には信じられないような高さの雪の山ができていたが、これも魔法が解決してくれるだろう。改めて装備を見繕ってくれた小人たちに感謝の念を抱いた。
この地でここまで完全に晴れている事は滅多にない。次に吹雪いたらきっとイアンは雪の中から一歩も動けずに死ぬだろう、晴れている間に早く目的の場所まで辿り着かなければならない。
なんとか雪山の上に出ると、目指した方角に針のように細長く雲を貫いた、つららを逆さにしたような尖塔が見えた。
伝承のとおりなら、不死鳥はあの天辺から下界を見下ろしており、等の麓にたどり着いた人間を見つけるとそこに舞い降りて来るという。
イアンは塔を真っ直ぐ見つめて歩きはじめた。
塔の上から、光を反射して眩く輝く透き通った赤い羽根が舞い降りる事を信じて。
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