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a.アレックス/アレキサンドライト
「この宝石はね、婚約した時にあなたのお父様がくれたの」
胸元から引っ張り出した青と赤の入り混じった不思議な色の宝石を大切そうに手のひらで包んだ母様は、父様の横顔を見ている時のような表情をしながら笑った。
僕が生まれる前の事でよく知らないけれど、母様は職業戦士だったらしい。堪能な剣技を活かして傭兵や便利屋をしながら日銭を稼ぎ、あてどなく旅をしていたそうだ。
世界中を巡り、その最中にこの街で小さな宝石店を営む父様と偶然に出会い、恋をして、旅の終わりを見つけたのだと、母様の体中に残る無数の傷の理由を訪ねた時に聞いた。
「本当は、港から海に出るつもりで立ち寄ったのだけど」
この街に父様がいるからやめたそうだ。
父様も自分が母様について行くからと言ったけど、父様が大切にするものがたくさんあるこの街がいいと言って母様が頑として譲らなかったのだと、父様からも聞いている。
母様は父様の話をするのが好きだ。
僕が尋ねたことが父様に関係ある事だと、目がいつもよりキラキラするから話しはじめる前にわかる。
そのキラキラは父様の横顔を見ている時にも顕れるんだけど、父様の顔が母様の方を向くと一瞬で消えてしまうので、きっとその事を知ってるのは僕だけだ。
そのキラキラした表情がとても素敵に見えるから僕だけが知っているのがもったいなくて、なんとなく母様には内緒でこっそり父様に教えてあげた事がある。
そうしたら父様が耳を少し赤くして嬉しそうに教えてくれてありがとうと笑ったあとに、僕と一緒にいる時の母様もすごくキラキラしているんだよと教えてくれた。
僕といる時の母様はいつも優しい表情をしてるけど、父様を見ている時の表情みたいなキラキラではなかったから、僕といる時の母様もキラキラしているんだと知ってすごく嬉しかったのを覚えている。
母様はいろんなキラキラを持っていて、そんなところが素敵だと思って母様に恋をしたのだと、その時父様は言っていた。
戦士としての勇ましい母様と、いろんなキラキラを持った母様、どちらも素敵でずっと好きなんだと、
「母様に言ったらきっとすごく照れてしまうから内緒だよ」
そう言った父様の表情も、母様に負けないくらいキラキラしていた。
父様が母様に渡した宝石は、母様の持ついろんなキラキラを素敵で好きだと言った父様の想いの形。父様から母様へ向けられたキラキラの結晶。
そんな事を知っているのは僕だけで、宝石は今、キラキラした表情の母様の手の中で、同じようにキラキラと輝いている。
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