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神
その子供が生まれた時から世界が変わった。
その子の傍に居ると人が死ぬのである。一番最初に死んだのは、子供の親だった。
ウィルスの類が疑われたが、そんなものは存在しなかった。純粋にその子の傍にいると人が死ぬ。
理屈は存在しない。彼の前に居ると人が倒れて行くのだ。
子供を殺そうと考える人が現れるのには時間がかからなかった。しかし、子供を殺そうとしたり、殺害を考えるだけでも人が死ぬ事が判ってから、馬鹿な事を考える人も少なくなってきた。
政府は軍事利用も検討するが、彼に人を殺させようと考えた官僚の一人が死んでしまった事から、その案もなくなった。
子供は皆の恐れの対象となった。そして中には崇拝する者も現れるようになる。
結果的にその子は人から離れた無人島に送られるようになった。子供を乗せる船員は有志から集められ、子供を無人島に送り届けた人たちは無人島に無事送り届けたのちに死んでいった。近づきすぎたのである。有志たちは多くの人々から英雄と呼ばれるようになった。彼らの像が建てられ、そこは祈りの場となった。
無人島には一つの塔が建てられていた。そこは子供の新しい住居として用意されたものである。
塔に住むようになって数年。子供は成長し、一人の男となっていた。
男には名前が存在しなかった。親が名づける前に死んでしまったのだ。
男の住む島には定期的に食料が運ばれてくる。それだけが男と外界を結ぶ接点となっていた。
それからまた数年。食料と共に、小さな子供たちが連れてこられた。
「貴方のお世話をするように言われました」
口々にそのような事を言う。男を崇拝する者たちから送られてきたのだという。
子供たちは塔の下にテントなどを作って住まう事となった。
彼ら彼女たちは男と接して世話をするのだが、不思議な事に誰一人として死ぬことは無かった。
それから月日は巡る。子供たちは年に1度送られ続け、その子供たちは男の世話をして過ごす。そんな日々が何年か続けられた。
有る日、街のある方角で大きな爆発が起こった。それが何によってもたらされたか判らないが、爆発の後は食料を運ぶ船は来なくなってしまった。
しかし、そのころにはテントに住まう人々たちの間で自給自足ができるようになっていたので、男は食料に困る事はなくなっていた。
それからまた数十年の時が流れた。男は老人になりテントの人々は老人となった男の世話をしていた。
そしてまた数年の時が流れたのだが、テントに住む人々の中で伝染病が流行りだした。医者の居ない島である。何もすることができずテントの中の人々は息絶えて行く。老人となった男だけは伝染病に掛る事は無く、死んでいくテントの中の人々を見送る事となった。
そして最後に老人となった男と少女だけが取り残された。少女も伝染病に掛っており、その命は風前の灯だった。
「何かやりたい事はないかい」
老人となった男は、死にかけの少女の枕元でそう語りかけた。
「私はやり残すことなんてありません。貴方と過ごした日は幸せでした」
少女は息も絶え絶えにそういった。
「そう私たちは幸せだったんです。貴方は私たちに取って神様のような存在でした」
そういうと少女は息を引き取った。
島にはたくさんの墓地と老人となった男だけが残った。男はその時初めて涙を流した。泣き叫ぶ男の声を聴く者は海鳥だけだった。
男はただ一人泣き続けた。毎日毎日泣いて過ごした。しかし男の事を知る者はこの世界には存在しなかった。街の人間たちは戦争で既に死んでいたのだ。男はこの世界でたった一人の存在となった。
男は少女の言葉を思い出した。
「彼女は私の事を神様と呼んでくれた。ならば私は神と名乗ろう」
こうして、世界には神が誕生したのだ。
その神はたった一人の寂しい神様だった──。
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