鈍感娘に果敢に立ち向う子犬

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授業が終わって、さあ帰ろうかとノートを片付けていた。 電源を切って鞄にしまう。 皆が教室を出ていく中に入ってくる男の子が目の端に入る。 知り合いのような気がして目を上げると、白地のニットにジーンズの村上君がいた。 忘れ物をしたのか机の引き出しの中を確かめている。 「村上君」 今の授業にはいなかったけど、前の講義でこの大教室を使ったのかな? もう6限だったからこの後は授業はない。 「あっ、ちなちゃん」 目が合うと顔をくしゃっとさせて笑った。 この笑顔に胸がトクンとなる。 「髪切ったんだ」 「うん」 村上君は探すことを諦めたのか、こちらに上がって来た。 「結構な長さを切ったよね」 「そうなの、おかげでシャンプーめっちゃ楽になった」 前と一緒の量を出すと余っちゃうのよね、と笑った。 「似合ってる」 「やったあ」 お褒めの言葉に照れておばちゃんみたいに飴でもあげたくなるんだけど残念ながらカバンの中には今日は何も持ってきていない。 それでもカバンの中に何か残ってないか探してみる。 「もしかしてなんかあった?」 顔を上げると村上君の顔が意外と近くにあった。 「ええっ、ないけど」 村上君はあんまり内面的な話に踏み込んで来ないタイプだと思ってたからそんなこと言われると思ってなくてびっくりした。 「そう?なら良かった」 なんかくすぐったい。 ふざけてみたくなる。 「もしかして失恋したと思って気を使って言ったの?」 「えっ違うよ」 慌てたように村上君は言った。 「そうなんだ、めっちゃがっかり」 「いや違うって」 私の前の席に座った。 「前から良いなあと思ってたけど今もっと良いよ」 「どうかなあ」 「ホントだって」 今いるのは階段教室だ。いつも見上げていた村上君は1段下の席に座っているので彼の顔が同じ高さにあった。 不思議な感じ。 まるでいつもより身近にいる人みたいに思える。 背が高いからいつも顔の距離が離れているのもある。 でも大学の中ではよく話す方だけど個人としてはそんなに仲良しじゃなかった。 村上君は人あたりが良くて無邪気でそれを可愛いって思う女の子は多い。 でも村上君自身が恋愛は面倒だって思ってるのかそういう雰囲気は避けたがるらしい。 確かに女の子といる時ははしゃいだりはするもののスキンシップを取ったりしない。肩を組んだりくっついたりする相手はいつも男の子だ。 「駅前のダニエルってケーキ屋がさ、モンブラン出したんだって」 「そうなんだ、もうそんな季節なんだね、村上君はケーキ好きなの?」 「いや、俺は甘いのはあんまり好きじゃない」 「へぇ、でもモンブラン知ってるんだ、すごいね」 「去年、相葉の誕生日会でちなちゃん選んでたじゃん、秋は栗の季節だって」 「そうだった、ちょうど一年前だったよね、誕生日会、あの店のモンブラン美味しかったよねって村上君甘いの嫌いだから食べてないよね」 ハハハって笑う。 「一口もらったけど駄目だった」 「村上君て一生ケーキセットとか食べに行ったりしないんだろうな」 「そんなことないよ、良かったら今からでも一緒に行く?」 「無理しなくていいよ、私も気を遣うし」 「じゃあラーメンとか」 「ラーメンって…おやつに食べるものじゃないよ」 こういうのに誘われるってやっぱり私って女として意識されてないよね。 「じゃ…」 「それよりさ、今年は相葉君の誕生日会あるのかな?」 言葉がかぶってしまう。 「あっごめん何?」 「…あいつ彼女出来たからな、みんなでとかはないんじゃない」 「あっそうか、私達邪魔か」 なんか悲しいな、去年はめっちゃ楽しかったのに。それが今年は粗末な扱いになってしまうなんて。 「その日空いてるなら…どこか行く?」 「気を遣われてる」 「えっなんでそんな事」 「大丈夫、別に相葉君の事好きじゃないよ、誕生日会がないならその日は私にとっては意味のない平日だよ」 「………」 「あっそれで髪を切ったかとか聞いたの?相葉君に振られたとか?」 「えっそうなの?」 「だから違うって」 村上君ってよくわからない。 気を遣ってくれてるんだろうけど親切過ぎるよ。 「俺嫌われてんのかな」 村上君はポツリと言った。 「えっ何?」 「何誘っても断られてる」 「嫌ってなんてないよ」 気を遣わせてて傷つけるなんて駄目じゃない。 ごめんなさい、と心の中で謝る。 「じゃあ付き合ってよ」 「いいけど、どこに行きたいの?」 「…じゃあケーキ屋さん」 「えっでも甘い物苦手なんでしょう?あそこはパンとか置いてないよ」 「コーヒー頼むから」 「あのお店コーヒー美味しいの?」 「いや行ったことないからわかんない」 「私はケーキを堪能できるから嬉しいけど、村上君はきっとつまんないよ」 もしかして村上君に悩みがあるとかなのかな? それとも何か話したいことあるのかな? 「まだ時間あるからいいよ、言いたい事あるならここで話を聞くよ」 それって私で解決出来る事かな。 私の周りにいる人の事とか? 村上君の顔を見た。 くっきりとした二重まぶたの下に薄いブラウンの瞳、確かクウォーターかなんかだって聞いた。 綺麗に通った鼻筋はどこの国だろうか? そんな空気を断ち切るように村上君が言った。 「ココじゃないどこかに二人で行きたいだけ」 そういって私の腕を掴んでひっぱり上げた。 「ほら、行こう」 男の子の腕力にどきっとする。 軽く引っ張ってたけど私の体は容易に持ち上がった。 村上君て子犬のイメージだけどやっぱり違うんだな。 「うん」 そうやって彼は私を掴んだまま教室の外に出た。 それから逃げられないようにと手を繋がれる。 もう逃げないよって笑ったけど信用はされてないみたい。 ケーキ屋さんまでずっとそのままだった。 それからケーキ屋さんでお悩み相談を受ける事はなかったけど、週末に中華街に食べ歩きに行く約束をした。 昔から家族でよく行く美味しい店があるんだって。 それから何度か一緒にでかけていたら友達から「付きあってるんじゃないの?」って聞かれるようになった。 気がついたら毎週の様に会っていた。 先週は彼の好きな映画に付き合った。 SF物のアクションシーンとか戦国時代の打ち合いがあるシーンは迫力のある大画面で観たいんだって。 映画を奢って貰った代わりに今週はその映画の舞台になった場所に一緒に見に行く事になった。映画観てない人はそこに行ってもつまんないだろうからと周りに気を使わせないように二人で行く。 そうこうしているうちに冬になった。 最近は用事がなくても休みの日は会ってゲームをしたり、お茶をしたり、買い物に付きあってもらったりしている。 「再来週なんだけど」 イチョウ並木を歩いていたら村上君が急に立ち止まって行った。 平日とはいえこの時期の昼間は紅葉の観光名所なだけに人は多い。 「うん」と言いながら人にぶつからないように道路の端に無言で誘導した。 「水曜日、夕飯食べに行かない?」 その後ライトアップ観に行こうよ、綺麗だからさ、きっと、と村上君は慌てたように言葉を足すと黙った。 さ来週はもう冬休みだ。 夜に出掛けるのは寒いけど学校が終わって長い間村上君に会えなくなるなあって思っていたから嬉しかった。 「うん、良いよ」 私はカバンから携帯電話を取り出した。 ロックを解除してスケジュールのアプリを立ち上げる。 「もうすぐ冬休みだね」 返事がない。 それがなぜだか気になった。 「再来週の水曜日は…」 24日 クリスマスイブだ。 ゆっくりと顔を上げて村上君の顔を見た。 村上君は見たこともないような真剣な顔をしていた。 目を逸せないくらい私の顔をみている。 ああ、そうだったんだ。 村上君の伝えたい事がわかった気がした。 その時頭の中で鐘が鳴ったけど、普通の音ではなかった。 ドン〜カン〜 ドン〜カン〜ドンカン〜 終わり
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