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私は大通り沿いにあるビルのテナントショップの前まで歩いた。
大きなガラス張り、鏡変わりに自分の姿を確認した。
そこには犬がいた。ゴールデンレトリバー、とりあえずその時、犬種なんかどうでも良かった、それどころではなかった。何せ自分が犬になっていたのだから。いや後になってからこの犬種で良かったとは思ったが。
動揺した。びびったなんてものではなかった。
何なら少しおしっこを漏らした。
そして大いに困った。そりゃそうだろう。いきなり犬になって困らない人がいるだろうか。
悩みに悩んだ。答え等出ないが、どうしようかと悩んだあげく、とりあえず家に帰ろうと決めた。
35年ローンで買った我が家。我が家の前に立った時、なんとも言えない心持ちになった。
犬の姿でローンが払えるだろうか。まずそんな事を考えていた。
ドアの前に行くもカギがない。ドアも開けられない。
私は家族を呼ぼうと声を出した。
「ワンッ!」
分かってはいたが犬の鳴き方だった。
時々、趣味の店で女王様にワンと吠える事はあるが、こんなにもナチュラルにワンと言えた事はなかった。
何度も吠える。頼む気づいてくれ。
ドアが開いた。妻が恐る恐る顔を出す。元女王様だ。
「何?どうしたの?」そう問いかける妻に必死でお手をした。
妻が手を出し、私の手を、もとい前足を取る。
「なんか欲しいの?」私は妻にお手をし続けた。
そして、妻の脇を抜け、家の中に入り込み、それから我が家に居座り続け、犬の姿でもマイホームを手に入れた。
人間の私がいなくなり、家族は私を探してくれている。心配してくれるのは嬉しい限りである。
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