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目が覚めた。いつもの犬の感覚、また犬になっているようだ。
玄関のドア、開く音がする。
ただいまと声がして、娘の由佳がリビングに入ってきた。
電話が落ちていることに気づき、私の方を見る。
「何してるの。だめでしょ」
怒られた。嬉しい。私は怒られるのが好きだ。なにせ妻が元女王様なくらいである。
とある趣味の店で妻と知り合い。
「一生あなたに従います。結婚してください」
と地に額を擦りつけて頼みこむこと一ヶ月、妻は私を鞭で打ち、こう言った。
「幸せにしろよ。この豚野郎」
そんなこんなで慎ましくも幸せな家庭を持っていたのだが、何の因果か犬になり、今は妻や小学生と中学生の娘二人に飼われている。
ご褒美なんだか罰なんだかさっぱり分からない。
こんな私でも良識はある。
「たけひこー」
由佳がキッチンから声をかけてくる。
たけひことは私の事である。
ちなみに人間の私の名前もたけひこである。
私の妻は、私がいなくなった日に来た犬の私に迷う事無く私の名前をつけた。
これにばかりは流石に複雑な心持ちになったのだが、私はまだ愛着を持って貰っているのだと前向きに考えている。
由佳が私のおやつを持って来てくれた。
ビーフジャーキーである。大好物だ。
思わず尻尾を振ってしまう。如何せん犬になると感情の表現方法まで犬化するので、娘を前にして尻尾を振るのである。
犬になった当初それに気づいて、大層複雑な心持ちになった物だ。
由佳が私に食べさせてくれる。
私は遠慮なく頂く。犬になって楽しみといえば、食べる事と散歩である。
あと娘二人が優しい。娘に撫でられる人生が来るなんて夢にも思わなかったが。
おやつが終わると、由佳は塾に行ってしまった。
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