変身

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腹が減った。手が肉球でさえなければ自分で料理くらいできるのだが、如何せん犬の姿では玉ねぎの皮を剥く事さえできない。 ちなみに人間だった頃の私の得意料理はパトゥルジャンイマムバユルドゥだ。 なすを使ったトルコ料理なんだが、結婚した頃に妻からリクエストされた。 何の事だかさっぱり分からなかった私はインターネットで必死で検索し、いくつかのバリエーションを混ぜつつ死にものぐるいで作った。 死にものぐるいで作ったパトゥルジャンイマムバユルドゥだったのだが、妻からは 「美味しいけど、味が薄い!私への愛が足りない!」 と鞭で打たれ、いつものボディではなく眉間に来た鞭の痛みに悶絶したものだ。 それから私は研究に研究を重ね、料理教室にまで通い料理を学び、見事に妻が満足するパトゥルジャンイマムバユルドゥを会得する事に成功した。 自慢ではないが料理の腕ならその辺のサラリーマンには負けない自信がある。 一時期残業を辞め、上司に睨まれながら退社し通った料理教室のおかけで飛躍的に腕が上がった自負がある。 上司に睨まれてはいたが自分の仕事の低下はさせず、部下の仕事のフォローは怠らなかった。 妻のおかけで仕事のスキルが上がったのは間違いが無い。きっとそのために無茶振りしてくれたのだ。 妻には感謝しか無い。 その後、神レベルの炒飯を作れや、アカラジェを作れと言われ、「それ何?」と返そうものなら鞭で打たれるので必死で検索し作れるようになっていった。 人間とは努力をする生物である。 きっと妻は私に決して諦めない精神を叩き込もうとしてくれていたのだ。 私には最高の妻である。イビキはうるさいが。 とにかく腹が減ってきた。美香に縋ってドックフード貰おうかな。 犬だけど親でもあるので、娘にねだるのは流石にいくばくかの抵抗はある、 小さい頃に何か食べさせてくれたのは娘だから可愛いと受け入れていたし、今もおやつくらいならその延長で受け入れられるが、主食となると流石に心持ちが変わってくる。 介護されてるのかな思うと、私は実年齢からしてまだ早いのである。 介護されるお年頃になれば受け入れる事もできるのだろうが、私はそこまで成熟していない。 犬になってこんな葛藤があるなんて、犬になってみなければ分からないものである。 何とも複雑な心持ちである。
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