妻を溺愛する若き伯爵、究極の選択を迫られ苦悩!

7/8
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 屋敷まではすぐだ。  ヴィクターは馬車の手すりを握る手に、祈るように額をつけた。恐ろしさのあまり体が震える。  屋敷が見えてきて、ヴィクターは暗がりの中、目を凝らした。  中からは灯りが漏れており、しかし入口の扉は不自然に半分開いていた。 「……なにかあったんだ。君、警邏隊まで行ってきてくれ」  御者を警邏隊へやり、エリックと共にゆっくり中に入る。  家の中はめちゃくちゃだった。花瓶は割れ、床は泥で汚れた足跡。しかし、話し声などは聞こえない。異様に静かだ。  最悪の事態を想像し、呼吸が浅くなる。  ヴィクターは割れそうになる心臓の辺りを押さえながら、部屋を見て回った。 「どうなってるんだ、誰もいない」 「なにかあったはずですが……」  その時、ズズ、となにかを引きずるような音がした。  エリックと目配せし、そっと音の方へ向かう。  音のした部屋の薄く開いた扉から中を覗いた。  すると、床には腕を縛られた大柄の男が転がっていた。  さらに、近くにも人。  足元から視線で追うと、そこにはステラが立っていた。 「――ステラ!!」  振り向いたステラの鋭い視線と交わり、ヴィクターはその様子に硬直した。  ひざ丈のワンピースは肩部分が裂けており、普段巻き上げている金髪は下ろされ、乱れていた。  さらに、彼女の白い頬には血。  射るような眼差しでヴィクターを視認したステラは乱れた金髪を邪魔そうにばさりと払うと、にやりと口の端を上げた。 「――なんだ、エヴァンス卿。領民を大事にしろと言ったじゃないか」 「――――!?」  今の言葉に混乱して返せない。普段とは真逆のステラの様子。穏やかで淑やかな彼女とはまるで違い、肉食獣のようなオーラで立っている。  いやしかし、今の言葉はまるで――。 「……軍師……!?」  ステラはふっと笑みを漏らすと、ヴィクターの隣に立つエリックに目を向けた。 「屋敷の他の皆は地下に隠れている。襲撃の目的は私の拉致。犯人は三人。一人は隣。それからここ。残り一人は逃げた。死人はなし」  そう言って、足元で小さく呻く男を指差す。  エリックは頷くと、踵を返して部屋を出て行った。地下へ向かったのだろう。  ヴィクターはそっと一歩、ステラに近付いた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!