妻を溺愛する若き伯爵、究極の選択を迫られ苦悩!

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「ステラ、怪我は……?」 「ああ、問題ない」 「でも、頬に血が」  言われて気付いたのか、ステラはぐい、と手の平で雑に頬を拭った。彼女の傷ではなかったようだが、擦れた痕が頬に残る。  それからヴィクターの方に顔を向けた。 「――さて、領民の方は? 足止めされていたんだろう?」  腕を組み、まるで部下の報告を聞くような様子で話すステラにヴィクターは思考を戻した。どうやら彼女はヴィクターたちも襲われたことを知っているらしい。 「えっと……要塞の街に放火すると言っていたけど、あそこは住民がいないので……」 「ああそうか。あのとき避難させて、そのままだったんだな」  要領を得ないヴィクターの説明にも、彼女はすぐに理解したようだ。  要塞近くの住民は、戦争騒ぎのときに避難させた。  しかし軍が撤収して住民を戻そうとした時のこと。あの地域は元々頻繁に洪水災害が起こるので、そのまま移住できないかと住民から意見が上がったのだ。そのため現在はほぼ人が住んでいない。  それよりも、ステラの言葉。「あのとき」というのは、戦争騒ぎを詳細に知っているということだ。 「あの……なぜ知ってるんだ……?」 「え? まだ分からないのか? 皆が軍師と呼んでいたあの赤髪の男の側に、もう一人いただろう?」  問われて、すぐに思い出した。  介添の従者の少年だ。発声の不自由な軍師の補助をしていた。 「えっ、あれがステラ……!?」 「すぐにばれるかと思ったけどな」  腰に手を当て、髪をかき上げる。こんな彼女、見たことがない。  目を白黒させるヴィクターに、ステラは続けた。 「私は兄の補佐なんだよ。父の目を欺き、暴走する軍部を中から壊すために軍師とやらを仕立て上げて動いていたのさ」 「えっ、軍師が偽物!?」 「ああ。あの男はただの役者だ。指示を出していた私の隠れ蓑だな」 「でも皆、信じてた……」  ステラは鷹揚と頷いた。 「あの時の軍部は父の傀儡の寄せ集めだから。でっち上げた戦歴を噂で流せば、架空の軍師なんて簡単なものだ」 「そんな……」 「それで将軍らに金をちらつかせればすぐに崩れたね。あいつら、父に金で釣られてたから」  彼女の話に脱力し、ヴィクターは壁にもたれかかった。  あの時、他に術がなかった。  ステラから見たら、軍部を離散させようと裏工作している中で、愚直に頭を下げる自分は大層格好悪かったのではないだろうか。  大きくため息を吐いて、顔を手で覆う。 「ここを救ってくれたのがステラだったなんて……。君から見たら俺は随分滑稽だったはずだ」 「エヴァンス卿、あの時君は誰よりも勇敢だった。誰よりも領民を思い、実直に奔走する姿に私は感動した。実際、君が協力してくれたからうまくいった」 「いやしかし、情けない俺に君を娶る資格なんてない……」  項垂れるヴィクターの顎に細い指がかかり、くい、と上向かせられた。ステラの真剣な表情が目の前にあり、思わずどきりとする。 「違うんだよ、エヴァンス卿。私が君の褒賞だと思っていたようだが、そうじゃない。君が私の褒賞なんだ」  意味が分からずきょとんとするヴィクターに、彼女は破顔してくすくすと笑った。 「兄に頼んだんだ。私が望んで来たと言ったろう?」  確かに言っていた。あれは正しく『望んで来た』ということだったのか。  ステラはヴィクターの顎に添えていた指を離し、「そうだ」と言ってスカートから何かを取り出した。 「手紙の返事」  ん、と差し出された手紙を受け取ると、それはステラの指から移った血の跡によって呪いの手紙のようになっていた。恐る恐る、指でつまむように受け取る。  今朝『白百合の姫』宛で置いた手紙の返事。中を開くと、繊細な美しい字で愛の言葉への返答が記されていた。  返事をもらえたら嬉しいとは思っていたが、今は衝撃が大きすぎる。 「……本当のステラはどちらなんだ?」  正直な疑問をぽつりと漏らす。  きっと今のステラが真実なんだろう。だが、わずかな甘いやり取りに頬を染めていた彼女も嘘だったとは思えない。  ステラはヴィクターの呟きに、首を小さく傾げた。 「どちらも本当だよ。花も好きだし、編み物も好き。なまってはいたけど武闘には自信がある。誠実で勇敢な男が好きだし、その好きな男を手に入れるために兄に願い出ることもする」 「…………」  普段、彼女からなかなか聞けない愛の言葉に、ヴィクターは赤くなった顔を背けた。  伏し目がちだった瞳を向けられ、ずっと聞いていたいと思っていた声で饒舌に愛を紡ぐ。  いつもの彼女とはまるで違うのに、なぜかドキドキさせられてしまう。    ステラは面白そうにそれを覗き込んで続けた。 「君が今までの私を好いてくれているのは知っている。騙したようで悪かった。でも婚姻をなかったことにはしないし、させない。その上で聞こう」  腕を組み、にやりと不敵な笑み。 「エヴァンス卿、どちらの私が好みだ?」
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