『魔王様とスライムちゃん』

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『魔王様とスライムちゃん』

 数日後学校に行くと、王真の下駄箱の中に一通の手紙が入っていた。  「――え?こ……これってまさかラ、ラブ………」  そこまで言いかけて、周りの目に気づき、王真は逃げるようにトイレの個室へと駆け込んだ。  「マジでこれラブレターなのか………?」  封筒に差出人の名はない。震える手で恐る恐る封筒を開けて手紙を取り出す。そこにはこう綴られていた。  『野宮さんへ あなたと話したい事があります。放課後に屋上へ来てください。  青洲来夢(あおすらいむ)』  「――青洲さん?マジで………」  青洲とはとても美しい青色の髪をしたいつも表情をあまり変えない美少女で、無表情で何を考えているのか分からないミステリアスな所が良いと一部の男子から人気を博している。  ――話したことあったっけ………?  「話したいことってなんだろう?やっぱ――そういうことなのか?」  とりあえず個室から出てトイレを後にした。その際手洗い場に設けられた鏡に映る自分のニヤついた顔に鳥肌がたちそうになった。  「――おい、野宮遅刻だぞ!」  教室の扉を開けるといきなり先生に注意されたが、みんなの前で理由を言うのもなんだったので素直に謝る事にする。  「すいません」  「ちょっと〜勘弁してやってよ、野宮かなり早くきてたのに、めっちゃ慌ててトイレ行ってたんだよ、こんなに時間かかるなんて、かなりの大物だったんだよ」  一人の生徒のそのセリフにクラス中で笑いが起こるが、青洲だけは笑わず、こちらを見ている。王真はなんとなく青洲の顔を見れず視線を外した。  「――まぁいい、野宮が遅刻するなんて初めてだしな、いつも掃除や手伝いを頑張ってくれているご褒美に今日は見逃してやる。席につきなさい」  「ありがとうございます」  「ちょっと先生!エコ贔屓はよくねーよ、俺ん時は反省文書かせてきたじゃん」  「お前は常習犯だろ!」  再びクラスに笑いが起こった。  それからの一日は長いようで、気がつくと放課後になっており、  「――よっ、帰ろうぜ王真」  王真の一番の親友である本間義人が近づいて声をかけてきた。  「悪りぃ、俺ちょっとこれから用事があるんだ、だから今日は先帰っててくれよ」  「なんだ?またどっかの委員会の手伝いにでも行くのか?お前は本当にお人好しだな」  「いや別にそういうんじゃないんだけど」  「ん?そうなのか、ま、なんかあったら相談してくれよな、力になるぜ」  「義人だって十分お人好しじゃねえか」  「ん、そりゃそうさ俺はほんまに人が良いから本間義人って名をつけられたのさ」  「なんじゃそら、そのままじゃねーか」  「――まっ用事があるっつーんなら今日は先に帰るわ、また明日な」  「おう、さよなら」  気がつけば、クラス内の生徒はほぼ帰っており、青洲の姿もなくなっていた。  「――行くか………」  足取りが重い、と言えばなんだか嫌々行くみたいだが、王真は本当に足取りを重く感じており、ちゃんと前に進めているのだろうか、会って一体何を話せばいいのか、俺ちゃんと動けてるだろうかなどの疑問が王真の頭の中をぐるぐると駆け回っていた。  現実時間で数分、脳内時間で数十分かけて屋上のドアの前にたどり着く。ドアには屋上禁止と書かれた紙が貼ってあったが、    ――まぁルールを破るのも青春の特権だろう  と王真は深呼吸を数回行った後覚悟を決めてドアを開けた。  「きてくれたんですね」  そこには本当に青洲来夢がいた。彼女の青色の髪は夕焼けに染められている。  「あ、あの、ひゃ、は、ひゃなしってな、何かな」  緊張してうまく話せない。  そんな王真を笑うこともなく青洲は表情を変えずに話し始める。  「私はあなたをずっと見ていました」  「えぇ!!??」  突然そんな事を、それも美少女から言われたら誰だっておんなじようなリアクションを取るだろう。    ――これってマジで告白かっ!!!???初めて俺に春が来た!!??  「み、見ていたって、ど、どういう」  「野宮さんって……」  「お、俺って?」  ――や、やばい、鼓動の音が耳にダイレクトに聞こえて来る。上手く呼吸ができない、視線が定まらない、一体俺が……俺がなんなんだ!!!???  「――魔王様……ですよね?」  「…………………へっ?」  青洲はやはり表情を変えないが、王真の表情は酷く変化している。  「――ま、魔王ってな、なんのこと?」  「隠さないでください。私わかるんです」  青洲はズイッと体を近くに寄せてくる。  ――あ、いい匂い……    そう思ったのも束の間、そんな事考えている暇はねぇと王真は青洲に問いかける。  「――わかるって、き、君は一体?」  「私ですか、そういえば言い忘れてましたね――私は元スライムなんです」  「――へっ? ……スライムってショシンの村付近にいたモンスターの?」  「そうです。こうして会うのは初めでですが、魔王様のオーラはあっちの世界にいた時に感じていたものと同じだったのですぐ気づきましたよ」  ――この娘本物か………?  「――あっちの世界での俺の名前を言えるか?」  「ギルガ・フォン・ジーザスヴェルド様……でしたよね?」  ――合ってる……    王真はとりあえず青洲の言うことを信じる事にした。  「そ、その通り、よく覚えていたな」  「まぁ一応」  「えっと、青洲さんの、スライム時代の名前は何だったの?」  青洲は質問に答えようとせず、しばし沈黙の時間が流れる。  「あの〜?」  「――ごめんなさい、あっちの世界の事はあんまり思い出したくないんです」  「そりゃなんで?」  「決まってるじゃないですか!!」  いつも表情をあまり変えない青洲がしかめっ面で小さく怒鳴るように言った。  「あっちの世界じゃ毎日毎日、連日連夜新人の旅人たちに倒され、倒され、倒されて、逃げて、逃げて、逃げまくる人生……いや、スラ生だったんですよ!」  「あっそう」  「そりゃ、私だって強くなろうと特訓しましたよ、毎日、毎日努力して、何年、何十年もかけてレベルアップして、その末に手に入れた力はなんだったと思います?」  「さ、さぁ……」  「“魔力サーチ”ですよ、魔力サーチ、ただ相手がどれだけ強いかわかるってだけの力ですよ!」  「――あ、その力で俺のことわかったんだ」  「はぁはぁ、取り乱してすいませんでした。そうです、この“魔力サーチ”の力であなたが魔王様だってわかったんです」  「あ、やっぱり」  「はい」  青洲は再び無表情に戻り答える。そしてまた沈黙の時間が流れ始める。   「……それで話したい事はそれだけ?」  沈黙に耐えきれず王真は質問をした。  「いえ、こっからが本題です。魔王様………人類滅ぼしましょうよ」  青洲は表情を変えずにそんな物騒な事を言いだす。  「――えっ?………えぇ!!??な、なんで?」  「さっきも言ったじゃないですか、私がどれだけ悲惨なスラ生を過ごしてきたか」  「で、でもそれはあっちの世界の話だろ」  「そりゃわかってますよ、今と昔は違うって――わかってます、わかってるんですよ!」  「それじゃあなんで?」  「でも、私知ってしまったんです」  「なにを?」  「こっちの世界の人間もスライムを舐めていることを!」  「……え?」  「え、じゃありませんよ!SNSで『あなたが思う最弱モンスターは?』って質問したらなんと、九十八%の人がスライムって答えたんですよ!ちなみに残りの二%はその他でした!」  「へ、へぇ、そうだったんですか」  青洲の勢いに怯み王真もつい敬語になってしまった。  「この世界で青洲来夢に生まれ変わって六年目、始めて買ってもらったゲームに胸躍らせていたのに序盤の序盤真っ先に出てきた敵がスライムだった時の私の気持ちがわかりますか!?おかげで総プレイタイムニ分半でしたよ!!――それ以来一切ゲームはしてません!」  「――そういうゲーム以外をすればいいんじゃ……」  「何かいいました!?」  「いや……別に……」  青洲は少し睨んで聞き返して来る。とても元スライムとは思えないほどの威圧感だ。今までの青洲と印象が違いすぎる………  「そのゲーム事件以降私はさっき話した“魔力サーチ”の能力で私以外の元モンスターがいないかずっと探していてついに見つけたのが」  「俺だったってことか」  「その通りです!まさかいきなり魔王様を見つけれるなんて思いもしませんでしたよ、きっとこの世界の人々は私たちに滅ぼされる運命なんでしょう」  「いや、でも俺はこの世界も人類も滅ぼすつもり無いし………」  「え……何故ですか!?」  「――俺はこの世界も今の生き方も好きなんだよ」  「嘘です」  「嘘じゃ無い!」  「嘘じゃ無いわけないじゃないですか!元魔王様があんな平凡な生活をし、下々の民のため身を粉にして働くのが苦じゃないなんて嘘に決まってます」  「……勇者と最後に戦った時、俺は奴の戦闘能力を遥かに凌駕していた――それなのに何故敗北したかわかるか?」  「不意でもつかれたんですか?」  「違う!あいつはそんな事する男じゃ無い!」  「じゃあどうしてですか?」  「絆、そう絆の力だよ、俺は絆の力に敗れたんだ」  「……意味がわかりません」  「俺も最初は絆とは何かよくわからなかった。だから俺はこちらの世界に転生してからはとにかく勇者の真似をした――困っている人を助けたり、自分から進んでボランティアをしたりな、そしたら色んな人に感謝してもらえ、自分が困っている時も助けてもらえるようになったんだ――きっとそれが絆なんだって気づいたんだ」  「私には理解できません……」  「じゃあ青洲さんも一緒に人助けしていこうぜ、きっとあっちの世界にいた時よりも何倍も心地良いぜ」  「………すみませんがやはり私はこの世界を好きになれそうにありません」  「そうか」  「本当に魔王様はこれからもこの世界で人助けを続けてゆくつもりですか?」    青洲は哀しそうな顔をして聞いた。  「――あぁ、っと言ってもこの体じゃできる事は限られているだろうけどな」  「……わかりました。とりあえず今日のところは引き上げます。ですが私は諦めませんからね。では、失礼します」  ペコリと頭を下げると思い詰めた様な表情をして青洲は去って行った。  「――人類を滅ぼす………か」  そんな事考えた事など無かった。  ――変わっちまったのかな俺  設置されている柵に手をかけ夕陽を眺めながら魔王時代の事を思い出し  ――変わってる筈だ!変わってるに決まっている!――俺は勇者や勇者の仲間達に変えてもらったんだ!  とすぐに頭をブンブンと振る。そして魔王時代の事を思い出していると当時の仲間達の姿が脳裏に浮かんできた。  ――そういやアイツらもこっちの世界にきているんだろうか?  「会いたいな……」  何気なくそう呟やくと背後から“ガチャリ”と言う音がして屋上から室内に入るための扉が開かれる。  ――まさか、願いが通じたのか!?  「コラァ!!こんな時間に何やっとる!!それに屋上禁止と書いとるじゃろうが!!」  「ひぃぇぇ、す、すいません!」  扉を開けたのは生活指導の先生で、この日俺は長い長い説教を受け、反省文を提出するはめになった………  この日を境に王真の周りで暴行事件が多発し始めた。
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