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『勇者との邂逅』
ーーこれは一体どう言う事だ?
王真はここ最近の“オチコー”による暴行事件は十中八九、青洲が絡んでいると考えていた。
――しかしこの目の前状況はなんだ?青洲が馬乗りになられ服を剥ぎとられているではないか
王真は目の前の現実に思考が追いつかず少し混乱していた。
「――何?あいつ魔王なの!?キャハッそりゃ良いや」
「おい、魔王様〜なんでもないからさ、どっかいってよ」
「な、なんでもないわけないだろ!泣いてるじゃないか」
王真はまだ状況をよく飲み込めていないが、青洲が男達の暴行により悲しんでいる事だけは理解したため、とりあえず男達を止める事にする。
「――あ〜めんどくせ、めんどくせえよお前」
男の内の一人が近づいて来ると突然王真の腹に鈍い痛みが走った。
「ッッ!?ゲフッ」
言葉にならない声が漏れ呼吸困難になる。殴られた事に気付いたのは数瞬経ってからだった。思わず膝から倒れる。
「オラァ、半殺しキック!」
顔面に向かっていつの間にやら近づいていたもう一人の男に続けて蹴りをいれられる。
「ガハッ」
たまらず王真は倒れてしまった。
「よっしゃー魔王討伐!」
「経験値ゲット!!レベルアーップ!」
「キャハハッ」
「……調子のんなよテメェら」
王真なんとかよろよろと立ち上がる。正直かなり頭にきているらしく怒りの表情で男達を睨みつけている。
「――へぇどうすんの?」
「もしかして第二形態!?魔王様変身しちゃう?」
――少しくらいなら魔力を使っても大丈夫だろう。
そんな考えで王真は十数年ぶりに最大魔力を解放した。すると、突然強風が吹き始め、大地が弱めに震え出した。
「――うぉっ!なになに!?」
「魔王様スッゲー!!」
――そうです魔王様、そのまま力を解放してください。こんな奴ら滅んじゃえば良いんです。
青洲の目はさっきまでとは真逆で希望に煌めいている。だが、王真は魔力を解放してから動く様子はない。
――だめだ!こっちの世界はあっちと比べて脆すぎる……
王真が魔力を全解放すれば世界は本当に滅んでしまうかもしれない、と仕方なく魔力を消した。
「あれ?なんだぁ?止まったじゃん」
「さっきまでのなんだったの?マジック?」
「マジックに決まってんだろ!――もう良いや、おい、お前らそいつ楽にしてやれよ」
魔力を消すと青洲の上に馬乗りしている男が命令し、一人が再度拳を振るう。王真は咄嗟に全身にバリアを張った。
「いってぇ!」
王真の体、正確に言えば体の周りに張っているバリアに触れた男の拳は一部火傷したかのように溶けていた。
――そうかただの人間の拳がバリアに触れたら崩壊してしまうのか……
王真は慌ててバリアを解除したが、その瞬間
「何しやがった!?ゴラァ!!」
と無防備な体に蹴りを入れられ、またも王真の体は地面に倒れた。
「――こいつ、硫酸みてぇなヤベェ薬品でも隠し持ってんじゃねーのか!?」
「この拳どうしてくれるんだ!?ゴラ!」
さっきとは違い男達は立つ隙を与えぬよう踏みつけたり、蹴ったりしてくる。
――魔王様どうして?こんな奴らどうなってもいいじゃないですか、なんで魔力を消したんです?こんな奴ら滅べばいいのに
「キャハハッ、アイツら楽しんでるねぇ、よぅ青髪ちゃん俺もそろそろ楽しましてもらっていいかな?」
青洲のうの上の男は気味が悪い笑みを浮かべ舌舐めずりする。
「―――何してんの?」
「んだよ、邪魔すんじゃ……ッひ、ば、番長……こ、これは……グェッ」
いつの間にやら男の後ろに金髪の小柄な少年が立っており、振り向いた男の顔面を殴りつける。殴りつけられた男はそのまま気絶した。
「大丈夫か?」
「――え、えぇありがとう」
自身の上で倒れた男を横に押して青洲は立ち上がり、制服を着直した。
「怪我はないか?」
「ちょっと痛いところがあるけど平気」
「そうか、なら良かった」
少年は視線を移動させる。その先では仲間の一人がやられたことに気づいていない男達がまだ王真に蹴ったり踏んだりと暴行していた。
「――やめやがれ!テメェら!!」
「あぁん!?んだよ…っっって、ば、ば、ば、番長!?」
「えっ?番長………番長ぅ!?」
少年の怒鳴り声に振り向いた二人はその声の主を見ると面白いくらいに震え出し、王真に暴行していた足を止めた。
少年はスタスタと二人に歩み近づく
「い、いや、こ、これはち、違うんです」
「そ、そ、そうです、こ、これには理由が……そう!理由があるんです――き、聞いて下さい」
そう懇願していたが、理由など一切聞かずに少年は二人の男の腹を殴りつける。
「ウグッ」
「ゲェッ」
「――てめーら明日から下っ端のパシリ……のパシリな」
聞こえているか分からないが、腹を押さえて地面に崩れていく二人にそう言った。
「大丈夫か?」
「――あぁ、サンキュー」
王真は差し伸ばされた手を取り立ち上がると体中についた泥などの汚れを払い落とす。
「あ?」
「ん?どうかした?」
「いや、なんでも」
手が触れた瞬間目の前の少年は何やら不思議そうな顔をしたがすぐに表情を消す。
「いやー、助かったぜ、ありがとな――俺は野宮王真よろしく」
「青洲来夢です。先程は助けていただきありがとうございました」
「別に礼なんかいいって、俺は日狩勇者よろしく」
――日狩?どこかで聞いたような……っあ!
「ひ、ひ日狩って、も、もしかして“オチコー”の新番長の!?」
「あれ?もう情報流れてるんだ、そうだよ俺が“オチコー”の新番長の日狩、だから今回こいつらがした事は全部俺の監督不届きが原因だ。悪かったね」
「い、いや、べ、別に貴方様に謝ってもらおうなんてつもりは無いです」
「おいおい、そんなあからさまに怯えてなくても良いだろ?いきなり殴ったりなんてしないって、敬語もやめて良いよ」
「え、で、でも」
「良いっつってんだろ!!」
勇者は片足を上げると思い切り地面を踏みつけて怒鳴った。
「は、はい、わかりまし……じゃなくて、おう、わかった」
「そうか?そう言ってもらえると助かる――それにしてもあんだけボコスカやられてた割にはそんな怪我して無いな」
「あ、あぁ生まれつき頑丈なんで……だよ」
腐っても王真は元魔王なのだ、たかが一般人の攻撃にそこまで傷を負うこともない。(まぁ痛いことは痛いのだが……)
「へぇ、人は見かけによらないな」
「ハハッ、よく言われま……言われる」
「……それにしてもこんな風に出会うとはな」
「ん?それはどう言う………ッッウッ!」
勇者は緩んでいた表情を険しくさせるといきなり腹を殴った。それは先程の男達とは全く比べ物にならないほど強く、重く、そしてなぜかどこかで感じた事があるような一撃だった。
「――えっ……?いきなり何をするんですか!?やっぱりあなたも彼らの仲間って事!?」
「黙れ女」
冷酷にそう返すと勇者は続ける。
「なんでお前も対ここにいるんだ?――“魔王ギルガ”!!」
「なっっ!!なぜ、その名を………?」
――魔力サーチ発動!!
能力の発動に従い青洲の目が赤く染まり始めてゆく。
「っあ……まっ、魔王さま、こ、この人」
完全に赤く染まった青洲の目には目の前の勇者の魔力の量やその質を映す。青洲はこの魔力の質を覚えていた。最も魔力の量こそは桁違いに増えていたが……
「ゆ、ゆ、ゆ、勇者です!」
「――な、何を言って………?」
その台詞を耳にして王真が勇者の姿を見ると、勇者の身体は光に包まれていた。
「そ、それは、聖なる光!?」
【聖なる光とは、魔王と勇者の第2回目の決戦時、魔王の攻撃によって命を落とした勇者の魂が“聖天都市 ヘブンエクス”へ行き、生き返るために習得した自分を聖なる光で包み、攻撃力、防御力、生命力、回復力を大幅に上昇させる奥義であり、聖なる光を習得し生き返った勇者と魔王の戦いは手に汗を握るデットヒートとなった。が、それはまたいずれ語るとしよう。】
「という事は君は本当に勇者なのか……?――“勇者アルード”?」
「そうだ、久しぶりだな、まさかお前まで転生してやがるとはな」
「まじかよ、本当に“勇者アルード”なのか?」
「だからそうだって何度も言ってんだろうが、しつけぇな、なんならこの光以外の証拠でも見してやろうか?」
「――会えてうれしいよアルード!いや、今は勇者か」
王真は勇者の手を握りながら言う。
「なんだ!?離しやがれ!」
勇者は強引に俺の手を振りほどき、睨む
「会えてうれしいだとどういう事だ?会って俺に復讐しようとでもしてたって事か?」
「違うよ、違う!」
王真は誤解を解こうと必死に手を振る。
「――なら一体何を企んでんだ?」
「何も企んで無いって、というか俺は君には感謝してるんだ」
「感謝だぁ?」
「あぁ、俺はあんたやあんたの仲間達に絆の大切さを教わったんだ!だから生まれ変わってからは絆を大切に生きてきた――今の俺があるのは君達のおかげなんだ!」
「絆ねぇ……例えば?」
「え?」
「だから、どんな風に絆を大切にしてたんだって聞いてんだよ」
「そういうことか、そうだなぁ……まずはあっちの世界での君を真似て困ってる人を見たら優先的に助けてきたよ、重そうな荷物を持ったお婆さんや、迷子の子供とか、あとは、休みの日は街のゴミ拾いや掃除をしてるそうしたら、お礼って色んなものをもらえるようになったんだ――あっ、断っておくけどお礼が欲しいからやってたってわけじゃないぜ」
「――もういい……アハッハハハハハ、お前いい奴になっちまったんだな――不憫だぜ」
勇者はいきなり笑い出すと、馬鹿にするような顔をし、続ける
「絆っつーからなんかと思えば、ただ単にいいように利用されてるだけじゃねぇか、バーカ!」
「そ、そんな事は……」
「あるんだよ!!」
勇者の表情からは先程の笑いなど一切消えており、どこか怒りも感じさせる。
「奴らはお前に対して感謝なんてしてねえし、なんも感じてねーよ、それどころかお前の行動を当たり前と思ってやがるよ」
「違う!!」
「違わねえ!!」
「――なんで」
「あん?」
「なんで君がそんな事言うんだよ、君がそんなこと言う姿見たく無かった――君がいたから僕は、僕は――変われたんだよ?」
「――お前マジに人間になっちまったんだな……本当に不憫だ」
「……え?」
「――人間の心はすぐ変わっちまうって事だ」
「ど、どういう……」
「――お喋りは終わりにしようか、勇者と魔王が出会ったらやる事は一つだけだろ?――十数年ぶりに最終決戦の続きといこうぜ!!」
「――えぇ!?冗談言うなよ君と僕が戦えばここら一体滅茶苦茶になるぞ」
「冗談なんかじゃねぇよ、他人に媚を売りまくり、利用されるだけの支配と破壊を忘れた魔王なんか存在価値ねえだろ、だったらせめての手向けだ俺が一生を終わらせてやるよ――終わりよければ全てよし、勇者の俺に殺されればお前の糞みてえな人生にもちったあ箔がつくだろうよ――前世みたいにな」
「――糞なんかじゃない」
その言葉は王真の口からではなく、側で二人のやりとりを見ていた青洲の口から発せられた。
「――あ?」
「魔王様の人生は糞なんかじゃないです!」
「魔王様だぁ?――もしかするとお前もあっちの世界で死んでこっちで生まれ変わった口か?」
「え、えぇそうよ」
「――一体誰だ?敬語、しかも女口調で話すっつー事は“邪影騎士団”のデス・ハイか、“オメガゼータゼロ”のソー・デェスネェイか?――誰だよお前?」
「わ、私は――ただのスライムですよ」
青洲の言葉に勇者はぽかんと呆気に取られていたが、すぐに笑い出す
「――ハッハハ、マジかよお前!?たかがスライムの分際で勇者様に意見しようっつーのかよ、こりゃとんだ笑い話だわ」
「別に私が元スライムだろうがなんだろうが関係ないじゃないですか」
「関係大アリだね、スライム如きに意見されたってんじゃ勇者の面子が傷つくだろうが――だからさっきの言葉取り消しな、言えよ魔王の人生は糞だってな」
「――言いません!」
青洲はガタガタと体を震わせ怯えつつも勇者の脅しに応じず声を上げた。
「――ッチ、なんでだよ?」
「え?」
「なんでそいつの人生が糞じゃねーて言い切れるんだって聞いてんだよ!」
「そ、それは」
「言えねーだろ?さっきまでのお前はその場の流れに身を任せてたに過ぎねーんだよ、わかっただろ!?お前は一時のテンションで話してただけだ――見逃してやるからさっさとこの場から消えな」
勇者にとってスライムなんて雑魚キャラはどうでもいい存在なのだろう。めんどくさそうにそういうと、シッシと言わんばかりに手を振った。しかし青洲はその提案にはのらなかった。
「――私はずっと魔王様を見ていました」
予想外の返答にまたもや勇者は呆気に取られた。
「はぁっ!?いきなり何言ってやがる!?」
勇者の言葉など無視して話を続けていく。
「――私が見ていた魔王様はいつも笑顔に囲まれていました。それもクラスメイトや先生だけでなく、近所の子供やおばさん挙げ句の果てには全く知らない隣町のお爺さんからも――可笑しな話ですよね、魔王のくせにその周りの人達からは感謝され頼られている――もしかすると勇者の言う通りただいいように利用されているだけかもしれません、でも少なくとも魔王様はみんなから好かれていました。――まるで昔の勇者の様に」
「――もういい」
勇者はそう言ったが青洲は黙る事なく続ける。
「私はそんな魔王様が、魔王様のことが……嫌いでした。――いや違う、私が本当に嫌いだったのは、魔王様のように変わることのできない自分自身だったんです。――笑顔に囲まれ、そして自分も共に笑っている魔王様を見ていると、うまく笑う事が出来ず、いつも一人ぼっちの自分に嫌気がさしたんです。――そりゃ私も友達を作ろうと努力しましたよ、けれどこっちの世界の人達もスライムを雑魚キャラと認識していると知ってからは周りの人と深く関わる事をやめました。――だってこっちの世界で過ごした時間なんてあっちで過ごした時間に比べると五分の一、十分の一程度なんですよそんな簡単に過去を割り切れませんよ――でも魔王様は私よりも長くあっちで生きていた筈なのにいとも容易くこっちの世界に順応できていました。魔王様も言ってましたがそれはきっと勇者の……勇者達の影響が大きいんでしょうね」
「――もういいと言ったはずだ!!」
勇者がそう怒鳴ると近くの木からは何枚もの葉が千切れ、舞った。
「――わかりました。話を変えます――あなたは魔王様を倒してすぐに殺されているんじゃないですか?」
「!!」
「え?青洲さん、それどう言う事?」
青洲の言葉に勇者は明らかに動揺していたが、王真は青洲の言った意味がよくわからずに質問する。
「――魔王様はあっちの世界で自分が死んだ日を覚えていますか?」
「死んだ日?――と言う事は勇者と最後戦った日か……悪いが覚えていない」
「――三月十五日だ」
王真が思い出せずにいると勇者が口を出した。
「そうだったか?――ん?三月十五日?――ってあれ?」
「――あっちの世界も一年が三百六十五日でしたよね」
「え?あ、あぁ」
「こっちの世界の三月十五日で何か思い当たる事はありませんか?」
「――俺の……誕生日だ……」
王真はこの時点ですでに気づいていたが青洲は答え合わせを始める、
「――つまり私たちはあっちで死んだ瞬間にこっちで生まれ変わっているんです」
「そうだったのか――え?じゃあ?」
――勇者って俺たちより一学年下だったよな?
王真が疑問を感じた顔で勇者を見ると
「――そうだよ」
勇者は何かを思いだしたのだろう。怒りを露わにしている。
「俺は、俺たち勇者アルード一行は魔王を倒してひと月後に殺されてるんだよ!!」
「――な、なんで!?」
「強大すぎる力は国を滅ぼしかねんってよ――最初は驚いたぜ、俺たちが泊まっていた国一番の宿屋に寝ている隙を見計らって火をつけられた――勿論そんくらいじゃ死にゃしなかったけどな、――だが次は何万、何十万を超える冒険者、賞金稼ぎどもが襲って来やがった。だから全員返り討ちにして殺してやったよ、――なんで一度救った命を落としてるんだ?って、疑問に思いながらな――最後は狂った王が国中に撒いた即死レベルの毒ガスを吸っちまって体が痺れ、動けなくなった所を遠距離から放たれた数千回の魔法を受けて俺は意識を失った――分かっただろ!?俺だって見返りなんて欲しくなかったし、別に感謝して貰えなくたって良かった。ただ沢山の人に幸せになって欲しかっただけなんだ。なのにその結果が国総動員での処刑だったんだよ!!――何ソレ!?ふざっけんな!!」
怒りを抑え切れないのだろう勇者は叫んだ。
「行き過ぎた正義は人々の思考を怠惰にさせる。――だから俺はこっちの世界を力による恐怖で支配する事にした。――まずは学校、次に市、県、そしてこの国、最後には世界を俺は支配する!――そうだ!お前も仲間になれよ、この世界を支配するにはお前の力が必要だ!」
勇者は王真に向けて手を差し伸べて来たが、王真はその手を払った。
「――悪いが俺は今の生き方を変えるつもりはない」
「――お前俺の話を聞いていなかったのか!?お前もこのままだといつか必ず裏切られるんだぞ!?」
「それでも!!――それでも俺はこの世界が好きなんだよ!!」
「――あぁ、そうかよ、やっぱ生まれ変わっても相容れない存在なんだろうな俺達は――前置きが長くなり過ぎたが戦闘を始めるか、お前の人生に幕を引いてやるよ」
「ま、まて、別に俺は戦うつもりなんて……」
そんな言葉になど耳を貸さず勇者は王真に背を向けるとスタスタと近くの木まで歩み寄り枝を一本折って、それを剣のように構えるとその枝は光で包まれた。
「――俺の固有スキルの一つに“剣聖”っつーのがあってな、それはどんなもんでも武器としての性能を百%引き出せるんだよ――こんな風になっ!!」
勇者がその場で折った枝を振るとまるでかまいたちのような斬撃が王真目掛けて発生した。
「うぉっ!!」
王真はすぐに躱したが、避け切れず頬にかすり、そこから血が流れ出した。そして斬撃はそのまま王真の背後にあったフェンスを断った。
「“飛襲剣”」
「や、やめよう、勇者!さっきも言ったけど俺たちが戦ったらここらが滅茶苦茶になるって!」
「――そりゃお前が強すぎるからだろ」
王真の呼びかけなど聞かず勇者は切り込んでき、王真は反射的に自身の体周りに半径二メートルほどのバリアを張った。
「――え?強すぎるからだって?どう言う意味?」
「そのままの意味だお前の能力は周りを巻き込む範囲技ばっかで弱っちい初心技なんて一つも持ち合わせていねえだろ、しかも魔力を全開放しねえと碌に使える能力をもっていねぇ――今のお前は超強力な代わりに自分たちも危険に晒される、自爆専用ダイナマイトみたいなもんだ――ただ弱いよりも酷え」
「けど、それなら君の力だって……」
「俺はお前みたいに百から始まったわけじゃねぇ俺はゼロから始まったんだ――もちろん、俺は弱かった時の技も能力も使える。見せてやるよ――“疾風斬り”」
勇者は目にも止まらない連続攻撃を繰り出すがその攻撃は全て王真が張ったバリアによってふせがれる。
「――やめようってば」
「しつこいぞ、勇者が魔王を倒すのは当たり前だろうが!!」
勇者が叫びつつ攻撃を続けているとしばらくしてピシリッという音が聞こえた。見るとバリアにところどころひびがはいっていた。
「“聖剣突き”」
バリアにひびが入った事を確認した勇者は一旦攻撃を止めて構えると一点集中での突き技を放つ、それにより王真のバリアを消失し、バリアの中にいた王真まで突きによる攻撃を受け、王真は後ろに転がった。
「――どうだ?そろそろ本気で闘りあうつもりになったか?」
倒れている王真に枝の先を向けて勇者は問う。
「なんねぇよ、もうやめてくれよ」
王真が再び自身の体周りにバリアを張ろうとしていると
「――次バリアを張ったらあの女から先に始末するからな」
と、勇者は枝の先端を青洲の方へと向けた。
「っな!?」
勇者の言葉を聞いた王真は張りかけのバリアを解く。
「――ッチ、偽善もここまでくるとマジで鳥肌もんだわ――まあいい、次の一撃で楽に葬ってやんよ――“大・切・斬”!!」
勇者は枝を思い切り振りかざすとそれをこれまた思い切り振り下ろす。
――どうする、躱すか?できるのか?いや、それなら一か八か俺も魔力を全開放して……ダメだ!!なら、どうする!?何か使えるスキルは…………あっ、あった……あれなら……いけるかも……
これだけ王真が長考しているのに関わらず勇者はまだ枝を振り下ろしていない。
――走馬灯か……この感覚懐かしいな……勇者に敗れた時以来か
呑気にそんな事を考えつつも王真はゆっくりと振り下ろされる枝を掴んだ
「――固有スキル“導死の魔手”」
王真が触れた瞬間から勇者の持っていた枝は枯れ始め一瞬にして塵となった。
「チッ!そういやそんなスキル持ってたなお前――“導死の魔手”か、弱い奴の生命を奪う雑魚専技だっけか?」
「――ああそうだ、これなら魔力を開放せずに使用できる」
「チッ、うざってぇな――だがまだ武器は残ってるぜ」
「――やらせるか!!」
勇者は再び木の枝を折りに向かったが、王真はそれを許さず駆けて勇者を抜かすと先に木の下へ到達した。
「あ!手前!!」
「――ごめんね」
それだけ呟いて王真は木を両手で触れた。もちろん“導死の魔手”を発動させている。そのため立派に立っていた木はみるみる内に弱々しい見た目に変化していった。
そして十秒を待たずして触れればそれだけで崩壊してしまいそうにまで生命が奪われた。枝ももう武器としては使い物にならないだろう。
「――手前……もしかすると俺は武器が無いと戦えねぇとでも思ってやがるのか?」
勇者が両手の拳を握ると拳に勇者の体を覆うものよりも強い光が発生した。
「――固有スキル“拳聖”――オラァ!!」
その場で跳躍し一気に距離を詰めて勇者は拳を繰り出したが。それを王真は間一髪で躱すと、青洲の近くへと走った。
そして彼女の側へ行くと肩を抱き、王真は青洲も共に内側に入るように半径二メートルほどのバリアを再び張った。
「――チッ、めんどくせえな――舐めんなよ?武器なんかなくたってよ、そんなチンケなバリアなんかまたぶち割ってやんよ!」
勇者は、二人を囲んでいるバリアを超高速で何度も殴りつけはじめた。
「――“流星拳”」
しかし何十、何百発と拳を繰り出しても先程の様にひびが入る様子はない。暫く勇者が粘っていると先程同様ピシリッと音が微かに聞こえた。
だが、その音は先程と違って勇者の拳から聞こえていた。
「――痛!――クソ、やっぱ拳じゃ火力不足か……」
勇者は諦めたのか拳を下ろすと体を覆う光を消し、頭を掻きながらそう呟いた。
「大丈夫か勇者?さっきの音、拳の骨にひびでも入っちゃったんじゃないのか?」
「うるっせぇ!!魔王風情が勇者の心配なんかしてんじゃねえよ!!――今日のところはここらで勘弁してやるけど次エンカウントしたら例えそこがどこだろうと戦闘を開始するからな、覚えとけよ!」
勇者はくるりと背を向けると帰路に向けて歩き出したが、王真はバリアを解かずにその様子をじっと見ていた。
「――あっ、そうだ最後に一つだけ教えといてやるよ」
公園の出口にまで差し掛かっていた勇者は歩みを止めると振り返る。
「――本当の正義とか平和ってもんは犠牲があって初めて生まれる邪な物なんだよ――お前は俺に対して大層な幻想を抱いている様だが俺にだって守れなかった物や、人だって山ほどいる……仲間達だって守れなかった……!――だからクソみたいな幻想を見るのはやめろ、所詮、犠牲の無い正義は存在しないんだ――その事を胸に止めておけ」
それだけ言い合えると勇者は走り出しどこかへと去って行った。そして、勇者の姿が見えなくなった事を確認した王真はバリアを消す。
「――なんとか退けたか」
「魔王様、助けていただきありがとうございました」
「別に、礼なんていいって――ってあぁ!!ご、ごめん!!」
王真は青洲の肩を手で抱きっぱなしだった事に気付き慌てて離れた。そんな様子を見て青洲はクスリと笑う
「ふふっ、もっと堂々としててくださいよ魔王様っぽくないですよ」
初めて見る青洲の表情だった。
「そ、そうかな」
暫し沈黙の時が流れた後、王真は自身のスキルによって枯らしたしまった木の下まで行き、干からびた様な木の幹を撫で勇者の言った言葉を思い出す。
「――犠牲のない正義は存在しないか」
その言葉は案外的を得ているのかもしれない。今ある幸せは何十年もの昔の戦争という犠牲によって築かれているし、普段自分達の怪我や病気を癒す薬だって千を超える実験動物の生命を犠牲に完成している。
「――俺はお前を犠牲にしてしまったんだな……」
目の前の死にかけの木を自分の身を守る為に枯らしてしまったという事に心を痛めたが、王真は一つある事を考えつき、両手で木に触れた。
――認めるよ勇者……たしかにこの世の正義は何かの犠牲の元なりたっている……でも、だったら俺は自分を犠牲にしてでも正義を貫いてやるよ……昔のお前みたいに!
できるかどうか分からない、王真も初めて試す、一か八かの作戦、それは“導死の魔手”の反対、触れたものに自身の生命力を分け与えるという事だった。
だが初めて試みる作戦故に上手く木に生命を吹き込めず、仕方なしに王真は魔力を解放させた。再び強風が吹き、大地が揺れる。
魔力を解放してからは少しずつだが木は生命を取り戻しているらしく弱々しい外見も段々と変化している。
「――うおぉぉぉ!!全開だ!!」
王真は思いっきり自身の生命力を木に譲渡すると強い疲労感、倦怠感、眠気にいきなり襲われ倒れてしまった。
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