一時間後

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一時間後

 「.......まだ起きていたのか?」  AM1時。アパートのボロ階段をふらつきながらなんとか登りきり、無事に帰宅する。灯りが漏れる部屋の障子をあけると背中をまるめるミチルに声をかけた。  いつもの様に和室中央に正座するミチルの背中。型遅れの薄茶色のリブセーターには毛玉が目立ち、一つに括った黒髪の先は肩甲骨の下で跳ねている。  3DK築30年。リフォームも管理もろくにされていないボロアパートに蓮が転がりこんで約半年。ミチルはいつかお洒落なアパートに移りたいという夢を叶える為に日々内職に勤めていた。勿論、ミチルの容姿と若さから割りのいい働き口は昼夜たがわず沢山ある。だが、やはり生後一年足らずの乳幼児がいると実際はなかなか難しい。   今夜はポケットティッシュの裏にチラシを差し込む仕事か。畳の上に置かれた大量のティッシュとチラシが入った数個のダンボールが手狭な部屋を埋め尽くしている。 「来年、マユが保育園に入れるといいんだけれどな」  蓮は黙々と手を動かすミチルの背後に立つと、そのまま隣の狭い方の和室の襖の間を見た。  東側の窓のカーテンに透けるネオンの光が部屋の中央のベビーベッドをうっすらと色鮮やかに映している。単調なリズムで点滅する光は子守唄を思わせた。  良かった、今夜はよく眠ってくれている。  マユの夜泣きのストレスからつい、スナックへと飲みに逃げた蓮の罪悪感が少し薄らいだ。 「うん....蓮、実は話があるんだけど......」  ミチルは膝を崩して立ち上がると、神妙な面持ちで振り返った。
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