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「絹江さんが倒れたそうだ」
その名前に僕の胸がドキンとする。
絹江は僕の祖母だ。
今もあの家で一族を取り仕切っている女主人。僕と母を使用人のように扱い、アルファでない僕を早々に家から追い出した人・・・。
「今日倒れて、病院に入院したらしい」
入院と聞いても、心配する気持ちにはなれない。ざまあみろ、とも思わない。まるで他人事だ。
「複雑な思いが伝わってくるよ。蒼空くんにとってはお祖母様だね」
心配そうに肩に回した手で僕の腕を摩ってくれる。そんな総一郎さんの胸に、僕は頭を預けた。
「・・・いい思い出がありません。祖母にとって家族は父と兄たちだけで、母と僕は使用人同然の扱いでしたから。正直、入院と聞いてもなんとも思えません」
誤魔化したところで総一郎さんには全て分かってしまう。だから僕は正直に思いを話した。
「厳しい人だからね。それに一族に対する立場もある。嫁や孫に優しくしたいと思っても、簡単には出来なかったんだろう」
「優しくして・・・なんて思ってもいなかったと思います」
祖母を擁護する言葉に、僕はつい反論してしまう。
初めて会った時から、あの人は僕を見なかった。たとえ兄たちと並んでいたとしても、僕はあの人の視界にすら入れてもらえなかった。本宅に移り住んでも、あの人は冷たく僕を見下ろすだけで声すらかけてもらえなかったし、名前を呼んでもらったことも無い。
膝の上で握った拳に力が入る。すると総一郎さんは上から包み込むようにそっと僕の手を握った。
「高柳家でもそうだけど、高齢になればなるほど昔からの慣習を重んじて変化を嫌う傾向がある。そしてそういう人に限って、一族の中で力を持っていたりするものだ」
僕の拳を握る手から、そして僕を支えてくれる身体から、総一郎さんの優しさが流れ込んでくる。
「絹江さんも、他家から嫁いできたオメガだ。あの頃はもっと今よりも厳しい立場だっただろうね。その中で生きていくことはとても辛かっただろう。おそらく、あの家の中で君と母君の気持ちを一番分かってるのは絹江さんだと思う」
その言葉に、僕の中で怒りが湧き上がる。
「なら、なんであんな扱いを・・・!」
気持ちが分かってるなら、なんでもっと優しくしてくれないのか・・・。
「絹江さんも微妙な立場なんだよ。前当主が亡くなった時、力を持ったご老体はまだ健在だった。もしあの時代々続く家の慣習を変えようものなら、一族を乱されると言ってほかの者を当主に据えようとしただろう。直系の嫁である絹江さんはその血筋を守るのが義務だけど、傍系は常に直系に成り代わろうと狙っているから」
古い一族のお家騒動。
オメガの僕には関係の無い話で、一族の集まりにすら参加したこともない。だからそこにどんな思惑があるかなんて知らない。
「蒼空くんが私のところ来た時、随分急な話だったとは思わなかったかい?」
急に僕の話になって、僕は思わず総一郎さんを見上げた。
確かに、卒業式の一週間前になって急にここに来るように言われたんだ。本当は通っていた学校の中等部にそのまま進学するはずだったから、手続きも済んで制服も注文していたはずなのに・・・。
「高柳家からの話じゃなかったんですか?」
てっきりオメガを請われて急遽決まった話なのかと思ってた。
「確かにこちらからの申し出ではあったけど、今でなくても良かったとは思わなかったかい?君はまだ発情期も来ていない子供だったのに」
確かに思った。だから色々考えて、変な誤解をしてしまったんだ。
「前にも言ったけど、私はオメガの子を娶る気はなかったんだよ。だけど君を受け入れた。なぜだと思う?」
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