第1話:崩壊した世界

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第1話:崩壊した世界

 俺の名は沖田レンジ。  地方都市の企業に勤める、ごく一般的な社会人だ。  だがある日。  深い眠りから目を覚ますと、俺はごく一般的な社会人ではなくなっていた。  ――――窓の外の世界の方が、一変していたのだ。 「なんだ……これは?」  ここはボロマンションの五階にある自室。  ベランダから見える光景は明らかに普通ではなかった。 「火事が起きているのか? それも何カ所も?」  街のいたるところから、火事による灰色の煙が上がっていた。  燃え尽きて消えかけの箇所も数えたら、全部で10カ所で火事が起きていたのだ。 「もしかしたら大地震でも起きたのか? 俺が寝ている間に? いや……それはないのか?」  これほどの火事を併発する大地震が起きていたら、本棚や食器棚はひとたまりもない。  だが自分の部屋の家具に異変はない。  眠る前の記憶と同じように配置も変化はないのだ。 「いや……停電しているな」  室内の家電が完全に消えていることに気がつく。  火事で送電線や中継器にトラブルが発生しているのだろう。  おそらく町一帯が停電になっている可能性が高い。 「スマホ? ん……圏外だと?」  現代人が頼りにするスマートフォンも圏外になって使用不能。  バッテリーは満タンで使える状態だが、《圏外》の表示になっていた。 「この停電で携帯の通信塔が止まったのか? いや、でもたしか、通信塔には非常電源があるはず」  過去の大震災の経験から、日本の携帯通信網には発電機が設置されていた。  停電時での24時間以上は、携帯電話が使用可能。  今回のように“一晩だけ”の停電で圏外になるはずはないのだ。 「どういうことだ? ん? 待て、街の様子もおかしいぞ?」  ベランダから見える街の異変に気がつく。  あまりにも静かすぎるのだ。  あれほど大火事が起きているのなら、消防車と救急車のサイレンが鳴り響いているはず。  だが街のどこからもサイレンが聞こえてこないのだ。 「いったいどういうことだ? 消防署に何かが起きたのか? ん? 車の音も?」  マンションの近隣の異変にも気がつく。  車の音が全く聞こえない。  いつもだったら朝の通勤ラッシュでうるさい車音が、まったくないのだ。 「火事でこの近隣も何かあったのか? ん? あれは……?」  ふとマンションの下の駐車場に、視線を向けた時だった  ――――俺は信じられない“モノ”を目にする。 「あれは……誰かが仮装しているのか? いや、体型的に人ではない?」  駐車場にいたのは人型の三匹の生物だった。  身長は小学生くらいだが顔は醜く、全身はドス緑色の肌の半裸の二足歩行の生物。  手には汚れた短剣や槍を持っている。 「あれは……子鬼(ゴブリン)なのか?」  ラノベやアニメに出てくる有名なモンスターの名を思わず口にしてしまう。  非現実的な推測だが、この状況では子鬼(ゴブリン)という名前以外の形容詞は浮かんでこない。 「どう見ても特殊メイクや仮装じゃないよな。体型や骨格も明らかに人間ではない。それにアレはどう見ても“人間の死体”だろうし」  三匹の子鬼(ゴブリン)が引きづっているのは、正真正銘の現代人の死体であった。  ジャージ来た成人男性だが血だらけで、首が変な方向にねじ曲がっている。もはや息をしていないのは遠目でも分かる。 『ゴブ……ゴブ……』 『ゴブブ……』  子鬼(ゴブリン)たちは理解不能な言語で談笑しながら、マンション敷地外へと移動してく。  おそらくどこかに奴らの拠点でもあるのだろう。 「ふう……なるほど。街のこの異常事態は、あの子鬼(ゴブリン)どもが関係しているのか」  ベランダから見えた今までの情報、冷静かつ客観的にまとめていき“その仮説”にいたる。  理由は以下の通りだ。  ・街は大火災があっても緊急車両が出動できないほど、混乱状態になっている。  ・室内の状況的に、地震や落雷などの自然災害の可能性は低い。  ・子鬼(ゴブリン)のような殺人鬼が白昼堂々と闊歩している、間違いなく警察機構も機能していない無政府状態の可能性が高い。  以上が仮説の理由だ。 「子鬼(ゴブリン)はあの三匹だけなのか? それとももっとたくさん他にもいるのか? というか“たった一晩”で、どうしてここまで街の様子が変わっているんだ? 自衛隊や政府はどうして対応していない?」  仮説は立てることは出来たが、新たなる疑問が次々と浮かんでくる。  明らかに今までの大災害とは世界が違っていたのだ。 「“一晩だけ”だと? もしかして? ……ああ、やはり、そうか」  圏外のスマートを確認して、一つだけ疑問が解消される。 「俺は一週間も寝ていたのか……」  最後に記憶がある日から、一週間も日が経っていた。  つまり停電や子鬼(ゴブリン)の出現から数日は経っていた状況。  だから長期停電によって、スマートフォンの中継基地も使えない状況になっていたのだ。 「どうして俺はそんなに寝ていたんだ? どうして生きている? なぜ動けていられる?」  普通の人間は一週間も寝たきりなら、動けなくなってしまう。  脱水症状と空腹で立つことすら困難なのだ。 「長期間寝ていた……ん? そういえば」  何か不思議な夢を見たような気がする。  顔は覚えていないが褐色の角生えた少女が、出てきた奇妙な夢だった。 「たしか……『契約により汝に《力》と《呪い》を授ける』……って言っていたような?」  特にアニメオタクではない俺にとっては、滑稽で奇妙な内容だった。  とにかくそれ以外の夢の記憶や異変は覚えていない。 「寝ている間に、俺に何か異変が起きていたのか?」  全身を鏡で調べて見るが、特に異変はない。  むしろ以前よりも力と精力がみなぎり、何とも言えない高揚感があった。 「なんだ? まぁ、いい。とりあえず、ここにいても餓死するだけだ、情報収集でもしに行くか」  ライフラインが止まってしまったマンションの一室で、普通の人間は長くは生きていけない。  水や食料を早急に確保する必要があり、死と直面した危機的な状況なのだ。 「さて……とりあえず荷造りして、情報を仕入れにいくか」  外出するために準備をしていく。  動きやすく保温性に優れた服を着用。  アウトドア用の大きめのリュックサックに、非常食や飲み水、アウトドア道具を積み込んでいく。 「アウトドアの趣味と経験が、まさかこんなことで役立つとはな」  高校生までは野山が多い田舎暮らしで、大学以降もアウトドアは俺の唯一の趣味。  そのためサバイバル道具に関しては完備していた。 「今回は都市サバイバルになりそうだな……まぁ、悪くはないな」  俺は一人でサバイバル生活をしている時が、唯一心が落ち着く。  そのため不謹慎ながら今も心が湧きたっていた。 「……さて、まずはこんなところでいいか? あと、今回もコレも持っていくか」  狩猟用の大型の鉈「ナタ」、“剣鉈(けんなた)”を腰にさげる。  刃渡りは武士の脇差並み長い。  野性の獣の首を一撃で切断する重量と鋭さを有する解体道具だ。 「まさかマタギの爺ちゃんから譲り受けたコレを、街中で使うことになるとはな」  もちろん本来は街中で持ち歩くとは違法。  だが今の外の世界は、明らかに法治国家の理論が通じない無秩序状態。  先ほどの残虐な子鬼(ゴブリン)から身を守るため、武装する必要があるのだ。 「さて、それじゃ、いくとするか。壊れた世界の探索へ」  こうして無秩序となった外の世界の情報を得るために、俺は部屋から出ていくのであった。  ◇  ◇  ◇  ◇  ――――だが、この時の俺は気が付いていなかった。  《沖田レンジは《力》【付与魔術レベル1】を会得した》  ――――脳内に謎の声が小さく鳴り響いていたことを。  《沖田レンジは《精神耐性○》を会得した》  ――――常人なら発狂する光景にも関わらず、自分が異常なでまで落ち着いていたことに。  《沖田レンジは《特位級呪い》【色欲】を会得した》  ――――そして自分の中に恐ろしい能力が宿ったことに、まだ俺は気がついていなかった。
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