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第8話:尾行と初戦闘
世界を崩壊させた元凶、子鬼を調査することにした。
俺は足音と気配を消して、二匹の子鬼を背後から尾行していく。
場所は住宅街の細い道路。
路上に放置された無数の乗用車のお蔭で、遮へい物には困らない。
(ふむ。この分だと嗅覚はあまり良くはないな)
俺はあえて風上から尾行してした。
だが前方の子鬼は気がついた様子はない。人間程度の嗅覚しかないのだろう。
『ゴブゴブ……ゴブゴブ……』
『ゴブブ……ゴブブ……』
二匹は聞いたことがない言語、ゴブリン言語で雑談をしながら、ダラダラと歩いている。
(やはり会話と意思疎通ができる程度の知能はあるのか)
緩慢な動きや注意力の低さから、子鬼の知能を推測していく。知能はかなり低そうだ。
(さて、つぎは聴覚の調査だ)
俺は尾行しながら、あえて音を立ててみる。
最初は小さな音を。
段々と音の高さを上げていく。
『ゴブゴブ……ゴブゴブ……ン?』
ある程度大きな音を立てたレベルで、右側の子鬼が耳を動かす。
不思議そうに周囲をキョロキョロしている。
だが何も見つけられず、そのまま談笑しながら進んでいく。
(なるほど。聴覚もこのレベルか)
聴覚は人間よりも少し悪い程度。
さらに知能は高くないため、気がつかれても誤魔化すことも可能だろう。
(あとは視覚だが……今の分だと、良くはなさそうだな)
先ほどのキョロキョロした時に、俺はあえて遠くから動いてみせた。
だが子鬼は気がついた様子はない。
視力は人間よりもかなり悪い。
あと、もしかしたら今のような太陽が出ている日中は、視力が弱い可能性もある。
油断はできない。
(なるほど。五感に関しては、だいたい把握できたぞ)
客観的にみて五感に関して子鬼は、それほど驚異ではない。
特に嗅覚と聴覚が弱いことは、我々人間にとって幸運なこと。
もしも軍用犬なみに鋭い嗅覚だったら、隠れて暮らしている人もすぐに殲滅されてしまうだろう。
(だが油断ができる存在ではない。子鬼が恐ろしいのは残虐が高いことだからな)
野生の獣は五感が鋭いが、警戒心が強く滅多に人間には近づいてこない。そのため一般的に人的な被害はほぼない。
だが人食な子鬼は興奮して人間に襲いかかってくる。
五感は鈍いが残虐性に関しては、獣よりも圧倒的に危険な存在なのだ。
(さて、それでは最後の調査……子鬼の戦闘能力の調査をするか)
腰のポシェットから愛用の狩猟道具を取りだす。
有効射程距離まで更に近づいていく。
(まさか街中で“コレ”を……スリングを使うことになるとはな)
俺が構えているのは“スリングショット”。
簡単に説明すると“ゴム式パチンコ玉飛ばし機”、日本でも合法のアイテムだ。
(一応、改造してあるが、子鬼相手に通じるか?)
このスリングショットは狩猟用に俺が改造した強化版。
パチンコ球を高速発射するこが可能性で、理論上は“人間程度の頭蓋骨を砕く威力”を有している。
(子鬼の骨格はどの程度のレベルか……こればかりは試すしかないな。よし……いまだ!)
――――シュッ!
狙いを済ましてパチンコ球を発射。
空気を斬り裂く小さな音と共に、銀色のパチンコ球が一直線に飛んでいく。
――――ジュ、ゴキ!
右側の子鬼の後頭部から鈍い音がする。
高速発射されたパチンコ球が、頭蓋骨を砕いたのだ。
『ゴ……ゴ……ゴブ……』
頭蓋骨を砕かれた右側の子鬼は、口から泡を吐き出し、声も上げることでも出来ずに倒れ込む。
手足をピクピクさせている。おそらく即死したのだろう。
『ゴブ⁉』
左を歩いていた子鬼が声を上げる。
まだ何が起きた理解できずにいた。
粗末な槍を構えながら、周囲をキョロキョロしている。
(今だ!)
――――シュッ!
その隙を狙い俺は第二射を放つ。
――――パン、ズシャ!
だが今度は腹部に命中してしまう。
肉を斬り裂きパチンコ球がめり込んでいた。
『――――っ⁉ ゴ、ゴ、ゴブ!』
今度は即死していない。
腹から血を出しながらも、子鬼は叫んでいる。
(なるほど。あの程度なら内臓を傷つけても、戦闘不能にならないのか。これは厄介だな)
『ッ⁉ ゴブゴブゥ!』
子鬼は俺の存在に気がつく。
雄叫びを上げながら、こちらに突撃してきた。
(ちっ……気がつかれたか。もう一発。いや……この間合いだと対応できない。ちっ……スリングショットの威力が高ければ!)
思わず心の中で愚痴る。
――――そう願った次の瞬間だった。
《【付与魔術レベル1】を発動、スリングショットに【威力強化〈小〉】を付与しました》
奇妙な声……機械音声のような女の声が頭に響き渡る。
(――――っ⁉ なんだ、この声は⁉)
まさかのことに思わず動揺してしまう。
もしかしたら何者かに背後に回り込まれたのか?
それとも頭がおかしくなったのか、俺が?
(いや……今は目の前のコイツが先だ!)
声の正体を調査している余裕はない。突撃してきた子鬼が最優先だ。
――――シュッ!
三射目をクイックショットで放つ。
またもや子鬼の厚い胸部に当たってしまう弾道だ。
だが次の瞬間、驚いたことが起きた。
――――パン!
なんと弾丸は子鬼の胸部を貫通。
頑丈なはずの胸部に、コイン大の穴を開けたのだ。
『ゴ……ゴ……ゴブ……』
胸部組織を破壊され子鬼は即死する。
ビクビクしながらその場で倒れこむ。
(…………これは何が起きたのだ?)
俺は目の前で何が起きたか理解できずにいた。
いくら改造スリングショットでも、ここまで異常な貫通力はない。
しかも第三射だけ異様な威力を発揮していたのだ。
(ということは……さっきの“声”が原因か?)
先ほど声は『【付与魔術レベル1】を発動、スリングショットに【威力強化〈小〉】を付与しました』という謎の内容だった。
直後の三射目だけが異常な威力を発揮。
付与という理論は不明だが、威力が増大した原因なのは間違いないだろう。
(どういうことだ、これは? だが、その前に、ここから移動しないとな)
冷静になった俺は気持ちを切り替える。
ここは見通しがいい道路上。他の子鬼がいつ襲ってくる危険性もある。
早急に身を隠す必要があるのだ。
(それじゃ、予定とおり、コイツも持って移動するか)
俺は近くの安全な民家に移動を開始。
二体の子鬼の死体も運んで、先ほどの謎の声について検証するのであった。
◇
安全な空き民家の中で、謎の声について検証していく。
色々と理解不能なことがあったが、なんとかある程度できた。
「さて……やはりこの【付与魔術】という力で、スリングショットが規格外に強化されたのか」
スリングショットを何回か試射してみたが、異常な威力は落ちていなかった。
民家にあった金属製の鍋も、簡単に貫通できたのだ。
「それに、この【付与魔術】はスリングショット以外にも使えるようだな?」
俺が意識的に『【付与魔術】とは?』と疑問に思うと、また謎の声が聞こえてきた。
そして目の前に本語で文字が出現もしたのだ。
《【付与魔術】……術士が手で触れた存在に、追加能力を付与できる。生物には付与できない》
という内容だった。
目の前に出てきた説明文は、まるでヴァーチャル機能やARゲームのような浮かぶ文字。
原理は未だに不明だが、おそらくはマニュアル的なものなのだろう。
世の中は科学では理解できないことも多い。
そう割り切りながら、俺は次々と気になる単語に関して、質問を繰り返していった。
《【付与魔術レベル1】……術士が片手で持てる程度の存在に付与可能。ただし存在が元々有している能力に関係した能力に限る。24時間に1回使用可能》
《【威力強化】……存在が元々有している機能の威力を強化。耐久力なども比例して強化される。〈小〉→〈中〉→〈大〉》
これ以外にも他にも色々と質問をしてみた。
『この機能はなんだ?』『この声はなんだ?』『子鬼と俺が呼ぶ生物は何だ?』
だが、答えは帰ってこなかった。
おそらくは【付与魔術】と関係ないことは答えないシステムなのだろう。
「それに、この声は……たぶん、あの夢の少女が関係しているんだろうな」
俺は謎の一週間の眠りについていた時、一つの夢を見ていた。
顔は覚えていないが褐色の角生えた少女が
……『契約により汝に《力》と《呪い》を授ける』
と言ってきた奇妙な夢だ。
謎の声は、少女の声と類似。
同一人物ではないが、おそらく関連性はあるのだろう。
「あの少女は何者なんだ? この【付与魔術】とは何なんだ? まぁ……とりあえず後回しにするか」
非科学的な事項のため、これ以上は無意味な仮説しか立てられない。
俺は別の優先事項を調べていくことにする。
「さて、【付与魔術】はレベル1だと24時間で1回が限度みたいだが……」
他の狩猟道具を片手に持って念じても、今度は声が聞こえてこない。
「なるほど。今度はいかないな」
道具を試しに使ってみるが、威力は変わらず能力も追加はされていない。
やはり24時間に1回しか使えない制限的な能力なのだろう。
「それならあまり乱用はできないな。優先的に付与する道具と、付与能力の内容を熟考していく必要があるな」
都市サバイバルにおいて、武器強化の優先度はそれほど高くはない。
それよりも生存能力を高める方が最優先事項。
俺は頭の中で最優先事項をリストアップしていく。
また戦闘に関しても問題ない。
この規格外スリングショットさえあれば子鬼程度なら対応可能だろう。
「さて、次の調査をするか」
【付与魔術】の調査もひと段落。
俺は民家の風呂場に移動して、次なる調査に移行する。
「謎の生命体、子鬼か。さて、中身はどうなっている?」
次なる調査は子鬼の身体に関して。
野生の獣を解体する要領で、俺は風呂場で二匹の子鬼を解体していくのであった。
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