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第2話:第一生存者との遭遇
マンションの自室から外に出る。
すぐさま廊下の状況を確認していく。
「これは……血の跡か?」
外気の入ってくるマンションの廊下は一面、血で汚れていた。
おそらく子鬼の襲撃があったのだろう。
死体を引きずったような血の跡が廊下に残っている。
「血の乾き的に、けっこう日は経っているな」
血の跡はドス黒乾いていた。
祖父との狩猟の経験から、数日が経っていることがうかがえる。
「俺が寝込んでいる間に、このマンションでも血の惨劇が繰り広げられていた……ということか」
先ほどの子鬼の様子だと、奴には慈悲や道徳という概念はないはず。
おそらくは虫を殺す感覚で、このマンションの住人は殺害されていったのだろう
「ここの住人は全滅したのか? 生き残りはいないのか?」
いつもならマンションの住人が動き出す、朝の時間帯。
だが今は無人のようにマンションは静まり返っている。
「とりあえず隣を確認させてもらうか。非常時だ。勝手に入るぞ」
左隣の住人の部屋の扉を開けてみる。
ここには三十代くらいのサラリーマンが一人で住んでいた部屋だ。
……ギッ、ギッギー、バタン
錠はされておらず、スムーズに扉は開いた。
奥のリビングのカーテンは閉められ、室内はうす暗い。
「誰かいるのか? いないなら、非常時だ。土足で失礼するぞ」
安全のため土足まま部屋に入っていく。
もちろん警戒は怠らない。
……シャ――――
カーテンを軽く開けて、室内を確認していく。
自分の部屋と同じ1LDKの間取り。
トイレと風呂場も確認していく。
「やはり、誰もいないな」
施錠さておらず、人の気配がないことから、無人なことは予想していた。
改めてリビングを確認していく。
「この状況は……なるほど。少し前まで住人がいたのか」
部屋の中は人が生活していた跡があった。
ペットボトルやジュース、缶詰や菓子の袋が散らかっていた。
「なるほど……子鬼が出現した後も、ここで隠れて生活していたのか」
廊下の血の惨劇状況から、子鬼が出現した直後は、外出できる状況ではなかったのだろう。
ここの住人が当時は、カーテンを締めて息を殺し、必死で生き延びようとしていた光景が目に浮かぶ。
「……だが電気が止まり、食料が尽きて、空腹のあまり思わず外に出たのだろうな」
古めのこのマンションは屋上にある貯水槽タンクのお蔭で、停電時でも水道やトイレは使える。
人は水だけは三週間は死なないが、気力的に空腹には数日しか耐えられない。
そのためまともな非常食を常備していなかったここの住人は、空腹に負けて外に出てしまったのだろう。
行き先は近所のコンビニやスーパーマーケットあたりだろう。
だが戻ってきてないということは、生きている可能性は低い。
子鬼が我がもの顔で闊歩しているということは、外は既に奴らの勢力下にあるはずなのだ。
「さて、あまり有益な情報はないな。この部屋には用はないな」
日記などがあれば情報が得られたが、そんな余裕もなかったのだろう。
それに室内にも今必要な物資もない。
俺はサラリーマンの部屋を後にして、またマンションの廊下に出る。
「さて、この分だと、他の部屋も、無人なんだろうな」
子鬼が出現して、ライフラインが止まって一週間は経つ。
ほとんどの住人は最初の混乱で殺戮されたのだろう。
部屋に隠れて住んで助かった住人も、ここのサラリーマンと同じように空腹に負けて外出してしまったのだろう。
一人暮らし用のマンションの住人は、それほど災害用の食糧備蓄していないデータがあった。
今回はその用意不足が見事に裏目に出てしまったのだろう。
「誰もいないマンションか。静かなものだな」
今のところ物音一つない、ひと気のない建物。
この分だと他の部屋からも有益な情報は得られないだろう。
「さて、それじゃ、マンションの外に行ってみるか……ん?」
そう思いながら廊下を進んだ時だった。
通り過ぎた一部屋の中から、“何かの視線”を感じる。
明らかに誰かが息を殺して、俺を見ているのだ。
「……おい、そこのドアスコープから見ている奴。いるんだろう? 誰だ?」
視線があった部屋は、俺の部屋から二つ隣の部屋。
防犯用のドアスコープのレンズから、誰かが息を殺して見てきたのだ。
「――――ひっ⁉」
まさか気がつかれるとは思っていなかったのだろう。
部屋の中から声が上がる。
聞こえてきたのは女性の声。
若い女性の声だ。
「安心しろ。オレは外にいる子鬼ではない。普通の人間だ」
とりあえずドアスコープに向かって両手を上げて、安全なことを証明する。
「――――人間⁉ も、もしかして自衛隊か救助の人ですか⁉」
「いや、そんな大層なものではない。二件隣の508号室の沖田レンジという者だ。ほら、たまに通勤時に軽く挨拶をした、冴えないサラリーマンがいただろう? 俺がそれだ」
呑気に自己紹介をしている場合ではないが、敵意はない隣人なことを伝えておく。
さっきの子鬼の様子だと、奴らは人間の言語は話していなかった。
そのため流暢な日本語は話し、ドアスコープで姿を見せたら、相手の警戒心も少しは和らぐだろう。
(さて、これで少しは信用してくれたかな?)
たぶんドアは開けてくれないだろうが、ドア越しでもいいから、できたら情報だけも仕入れたい。
「二つ隣の沖田さん、なんですか⁉ ――――って、今まで生きていたんですか⁉ この状況下で、どうやって⁉」
「まぁ、色々あってだな。それよりも少しだけ情報を聞きたい」
中にいる女性が誰か知らないが、今まで生き延びてきたなら、俺より多くの情報を知っているはず。
俺が寝ている間、街と日本に何が起きたか?
とにかく今は情報が最優先で欲しいのだ。
「じょ、情報が欲しい、って……こんな時に、どうして……」
「もちろん対価はちゃんと払う。非常食なら多少は分けられる」
「――――しょ、食料!」
ガチャ、ガチャ――――バタン!
いきなり勢いよく玄関の扉が開く。
中の住人が二重ロックを解除して開けてくれたのだ。
「ほ、本当に食料を分けてくれるんですか⁉」
そう血相を変えて聞いてきたのは、二十代前半のセミロングの女性。
雰囲気的に“できるOL風”な雰囲気で、顔の整った美人系だ。
(非常時に、この格好だと?)
だが女の格好は無防備すぎた。
上は胸元が開けた室内用のタンクトップで、しかもノーブラ。
下は白い太ももがあらわな短パンという、ラフな部屋着の格好だ。
「お願いします! 食料を分けてください!」
そんな無防備な女が涙目で、俺に必死で懇願してくるのであった。
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