第25話:部隊の強化

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第25話:部隊の強化

 食料倉庫内の偵察を、俺は単独で行う。  それから数時間が経つ。  調査を終えた俺は、一人でホームセンターに帰還する。 「おい、レンジ! 無事だったのか⁉」  高木社長は心配した顔で、帰還した俺を出迎えてきた。  何時間も一人だけ帰ってこなかったから、子鬼(ゴブリン)に殺されたと、勘違いしていたのだ。 「心配かけたな。調査と明日の準備をしてきたら、少し遅くなった」 「明日の準備だと?」 「ああ。トラックでもスムーズに移動できるように、道中を整理しておいたぞ」  倉庫までの経路上も、放置自動車で狭くなっていた。  明日の大作戦はトラックと大型ダンプも出動予定。  だから放置自動車を道路の端に、俺は移動させてきたのだ。  ちなみに鍵がかかっていた車も多くあった。  だから強化した身体能力で、“少しだけ”強引に移動させてきたのだ。 「経路の整理をしれくれたのか⁉ そりゃ、ありがたいな。俺たちの車が動けなくなったら、死活問題だったからな」  子鬼(ゴブリン)が走る速度は人間よりも遅く、車には追いつけない。  だが放置自動車で動けなくなった車は弱い。  子鬼(ゴブリン)たちにフロントガラスを割られて、車内は棺桶と化してしまう。  だから今回の交通整理は、かなり有効な下準備なのだ。 「あと火炎瓶のサンプルも製作してきた」 「火炎瓶だと? もしかして明日用か?」 「ああ。正面の強襲部隊が使う試作品だ。倉庫の形状的に、投げ込むのは有効だ」  俺の実験によると、子鬼(ゴブリン)は火を恐れる性質がある。  しかも奴らは体毛と皮下脂肪が薄いために、人間と同じように火炎攻撃に弱いのだ。 「なるほど。火炎瓶攻撃か。面白そうだな」 「だが倉庫内に投擲するは、止めておけ。倉庫ごと火事になる。あくまで陽動と牽制に使え」 「分かった。俺たち強襲部隊で、ありがたく使わせてもらおう」  火炎瓶の作り方はそれほど難しくない。  今回はホームセンター内に材料も揃っており、手先が器用な職人もいる。  高木社長に作り方のメモを渡し、明日まで量産してもらうことにした。 「あと、ついでに“投げ網”も製作しておいてくれ」 「投げ網だと? それも使えるのか?」 「ああ。武装した敵を無効化するには、かなり有効だ」  投げ網は古代ローマの剣闘士も使っていた戦闘用具。  特に子鬼(ゴブリン)のように槍や剣で武装した相手には、かなり有効度は高い。  網に武器が絡まって、相手は身動きが取れなくなるのだ。 「なるほど、そういうことか。それも作らせておく」  緑色で化学繊維の網が、ホームセンター内には売っていた。  それの端に重石をつけるだけ完成なので、職人たちは簡単に量産可能だろう。 「あと。地形的に強襲部隊は、なるべく地上で戦わない方がいい」 「地上で戦わない? どういう意味だ?」 「被害を最小限に抑えるための戦術だ。車高が高い車の上、店の前にあるダンプカーの荷台や、トラックのコンテナの屋根の上からの中距離攻撃が、今回は有効だ」  二足歩行の子鬼(ゴブリン)は、壁や塀を登ることが可能。  だが動物より脚力が劣るため、ジャンプして高台には登れない。  そのため高所からの打ち下ろし攻撃がかなり有効なのだ。  ホームセンターの駐車場には、放置されたダンプカーとトラックがある。  それの上部を少し改造するだけで、堅牢な移動要塞と化すのだ。 「荷台の上からの中距離攻撃か。そいつも思いつかなかったぜ。だが理にかなっている。最優先で荷台の改造をさせる」  ホームセンター組には溶接と設備の職人もいた。  彼らがいたら半日もあれば車両の強化もかのうだろう。  それ以外の俺のアイデアも、社長はメモをしながら受け入れてくれる。 (有効なアイデアなら、俺のような部外者も意見も受け入れる。やはりなかなかの人物だな)  高木社長は災害時のリーダーとして、かなり能力が高い。  例えるなら、もしも戦国時代にでも生まれていたら、一軍を率いる武将になっていた傑物なのだ。 「それにしてもレンジ。お前はどうして、そこまで専門的な知識に詳しいんだ? もしかしたら自衛隊にでもいたのか?」 「最初に言った通り、俺は普通のサラリーマン。歴史とサバイバル活動が好きなだけの、ごく普通の一般人だ」  歴史や野外での経験は、色んな知識を与えてくれる。  今回は古今東西の用兵術から引用。俺が都市サバイバル用に応用したにすぎないのだ。 「あと明日には間に合わないが、今後は遠距離武器も強化しておいた方がいい」 「遠距離武器だと?」  ホームセンター組の主な武装は、自家製の長槍と大盾、鉄パイなどの近距離武器しかない。 「そうだ。今後は弓矢と投げ槍、投石機も製造して、訓練しておいた方がいい」  だが相手が子鬼(ゴブリン)程度の武装なら、これらの遠距離攻撃は効果抜群。  バリケードと盾で防御しながらの遠距離攻撃は、味方の被害が格段に少なるのだ。 「なるほど、そういうことか。たしかに欲しいところだが、作るのは難しくないのか?」 「ここにいる職人たちなら簡単だ。この本を貸すから、参考にしてくれ」  俺はリュックサックから本を取り出す。  サバイバル用の指南書で、自家製の武器の製造と、訓練方法も載っている。  この世界ではかなり為になる本だ。 「……いいのか? こんな貴重な本を?」 「もう全部暗記したから、俺には不要の品だ。みんなで有効に使ってくれ」  遠距離武器をまともに当てるには、かなりの練習が必要になる。  だが今回の矢や石は入手がしやすく、訓練が容易。  しかも壊れてもメンテナスもしやすい。  この崩壊した日本では拳銃は、特に弾丸は手に入りにくい。  だがこうした原始的な武器方が、今後も遠距離武器なのだ。 「なるほど、ありがたく借りておく。明日の作戦が成功したら、遠距離武器も優先していく」  ホームセンター組にとって死傷者が減るのは、何よりも嬉しいこと。  高木社長は先を見据えながら、メモを取っていた。  とりあえず今のアドバイスは以上にある。 「なぁ、レンジ。ストレートに聞く。どうしてここまで、俺たちにアドバイスしてくれる? 大事な書物までくれて、何か裏があるのか?」  高木社長の視線が鋭くなく。  親切すぎる俺の真意を、眼光で見抜こうとしていた。 「理由は単純だ。ホームセンター組に今後も生き延びて欲しいさ」 「俺たちに?」 「ああ。ストレートな答えで返すと、あんたたちは“使える人材”だ。だから今後のために生き残って欲しいさ」  ホームセンター組の職人たちは、各分野の専門家ぞろい。  この崩壊した世界では貴重な武器屋である道具屋。  今後、俺が欲しい武器や道具も、このホームセンターなら製造可能なのだ。 「はっはっは……本当にストレートな言い方だな。だが嫌いじゃないぞ、そういう言い方は。実はお前は救世主や英雄、そんな至高の存在だと思っていたのさ、俺は」 「残念ながら、それは買いかぶり過ぎだ。俺はそんな大層な身分ではない。自分の責務を全うするだけだ」  自分の身は自分でまもる。  こうして集団から受けた恩も、働いて返すくらいの生き方が、俺には合っているのだ。 「はっはっは……やっぱり面白い男だな、レンジ」  こうして高木社長との打ち合わせは終わる。  あとは明日の大作戦に向けて、準備をしていくだけだ。  ◇ 「……おーし、班長は集まってくれ!」  その後の午後、社長は臨時の幹部会議を開催。  俺がアドバイスした武器の製造と、車両の改造を幹部たちに指示していく。  俺の名前を出さないでいてくれたので、幹部たちも納得して従っていた。 「よし! 明日のためえに、気合いれて作業していくぞ、お前たち!」 「「「おおお!」」」  午後のホームセンター組のテンションは高かった。 「……おい、荷台の柵は、こんな感じでいいか?」 「……それじゃ、反撃を受けちまうだろう。もう少し考えろ!」  何故なら彼らも気がついたのだ。  俺の作戦が、今回の新しい戦術が、自分たちの生存性が一気に高めてくれることを。 「……火炎瓶作りか……懐かしいのう。学生運動を思い出すぞい」 「……なぁ、爺さん。こんな感じでいいのか?」 「……それじゃ、投げる時に滑るじゃろ。ここに滑り止めを巻くんじゃ!」  俺が提案した新しい武器が、かなり有効性も高いことを、誰もが気が付いていた。  そのため誰もが高いモチベーションで作業していたのだ。 (ふむ。あの感じだと間に合いそうだな、準備は)  そんな光景を横目で見ながら、俺は自分の仕事をしていく。  所属するトラック部隊の最終調整をする。 「……おい、トラックの確認は怠るなよ?」 「……フォークリフトの充電と整備もだ! こいつが俺たちの命綱だからな!」  今回トラック部隊で一番大事なのは、スムーズに倉庫内に上陸すること。  最速でトラックを裏口に接舷させ、そのままフォークリフトを降車さる。  トラックのコンテナに可能なかりぎ、食料をどんどん積み込む必要があるのだ。 「……レンジが撮ってきてくれた動画を、もう一度確認するぞ!」 「……あとでシミュレーションを、駐車場でやるぞ!」  俺の偵察の成果は多い。  トラック部隊全員でイメージを共有。  トレーニングとシミュレーションを何度もしていく。 (まさに作戦の前の異常なハイテンションだな)  俺はトラック部隊の作業をしながら、そんなホームセンター組の様子を見ていた。 (共同作戦……か。悪くはないな、これも)  どちらかといえば俺は今までは一人で生きてきた。  だがホームセンター組での強い連帯感に、俺の心も満たされていたのだ。  ◇  そんな準備と作業をしている内に、あっという間に午後も過ぎていく。  いつのまにか夕陽が沈んでいき、ホームセンターの外も夕暮れに染まっていた。 「――――飯の時間よ!」  ……カーン♪ カーン♪  元気のよい女将の声が、店内に響き渡る。  夕食の時間がやってきたのだ。 「今日は特別に白米と、カレーライスだと! ちょっとだけ肉も入っているよ!」  明日は一世一代の大作戦の決行日。  そのため今宵は精を付けるための晩餐会として、思い切って食材を使ったのだろう。 「「「カレー⁉ マジで⁉」」」  住民たちから歓声が上がる。  数日ぶりのまともな料理に、誰もが興奮していたのだ。  皿にカレーライスを盛り付けていき、グループごとに食事していく。 「……美味しい! カレー美味しいね、パパ!」 「……ああ、そうだな。美味しいな……よく噛んで食べるんだぞ?」 「……うん! ボクもこんなに美味しいカレーライスは初めて!」  誰もが美味しそうにカレーを食べている。  特に子どもたちは本当に嬉しそうに食べ、心から笑っていた。 「……美味ぇな、このカレー……本当に美味ぇな……」 「……明日の作戦を成功させて、また皆で絶対に食おうぜ……」 「……ああ、そうだな」  一方で男衆は感慨深く食べている。  彼らは明日の命がけの作戦に、参加する者たち。  無事に成功したら、大量の食材を得ることが可能。  だが失敗したら命の危険さえある。  まさに命をかけたハイリスク・ハイリターンに移動もうとしていたのだ。 「……おいおい、そんなにしみったれちゃダメだよ、アンタ!」 「……そうね。私たちの分まで、たくさん取ってきてよね?」 「……成功したら夜も、サービスしちゃうわよ」  そして留守の女性陣も活気に溢れていた。  男たちを送りだそうと、誰もが笑顔を浮べていたのだ。  そんな明るい夕食の光景を、俺は離れたところから眺めていた。 (極限状態での幸せと、緊張感……か)  人は普段は小さなことでも、極限状態ではとても大きな幸せだと感じる。  また守るべきモノがある時、人間は普段以上の力を発揮できる。  勇気や家族愛、生存本能などが力を与えてくれるのだ。 (……悪くはないな)  だからこのコミュニティの雰囲気は前向きで、作戦にとっては大きなプラスになるのだ。 「さて、俺も飯を食うか……ん?」  そんな時だった。  夕食会場から少し離れた場所に、建物の端に、一人の女を発見する。 「あれは……マリア」  マリアは遠くから夕食会場を見つめていた。  その視線の先にあるのは、家族で食事をするグループ。  いや……彼女が静かに見つめているのは“小さな子どもたち”だ。  視線はいつものマリアとは違い、どこか寂しそうな面影。 「アイツ、どうしたんだ」  マリアはすぐに立ち去っていく。  向かう先は屋上への階段の出口だ。 「アイツは何をしに屋上に……ん?」  そんなマリアの後ろ姿を、俺以外にも見ていた人物がいた。 「あれは、若い女性衆か」  高校一年生くらいの少女。三つ編みで眼鏡をかけた大人しそうな雰囲気の子だ。  手にカレーライスの皿を持っていて、マリアを追いかけようか、ちゅうちょしていた。  見てしまったものは仕方がない。少女に声をかける。 「……どうした? マリアに何か用があったのか? 話程度なら聞いてやるぞ?」  俺は少女に声をかける。なるべく威圧感を与えないように、優しい口調を指揮する。 「はい……実はこのカレーライスを、マリアさんに持っていきたいんですが……でも、どう声をかければいいか分からず……」 「マリアに差し入れだと? どうしてだ?」  娼婦である彼女はホームセンター内で浮いた存在で、女性陣からは敬遠されている。  それにこんな大人しそうな女子高生とは、アイツは縁が無さそうに見える。 「実は前に、マリアさんに助けてもらったんです、私……」  彼女は静かに語り出す。  ホームセンター組の中期の頃の話を。  その時にマリアに助けてもった詳細を話してくれた。 「……なるほど、そういうことか。分かった。俺がカレーを持っていってやる」 「えっ、本当ですか⁉ ありがとうございます!」  少女はペコリと頭を下げながら立ち去っていく。心の重りが少しだけ無くなり、その足取りは軽い。 「マリアか……さて、行くとするか」  俺はホームセンターの屋上に移動していく 「あそこか」  マリアは屋上の端にいた。  夕陽でオレンジ色に染まる西の空を、また寂しそうな顔で見つめている。 「こんなところで何をしている?」 「……レンジ?」  こうして誰もいない屋上、黄昏のマリアと二人きりになるのであった。
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