41人が本棚に入れています
本棚に追加
第3話:無防備なOL岩倉真美から情報収集
「お、お願いします! 食料を分けてください!」
必死に懇願してきたのは、二十代前半のセミロングのOLだ。
(この顔は……たしかに)
顔は間違いなく二件隣の住人だった。
名前はたしか……表札を横目で見て確認する。
「アンタはここの住人の岩倉さんか? 顔は見たことがあるが」
「えっ、はい。岩倉真美って言います。アナタもたしか見たことがある人。あっ……“奴ら”に見つかるヤバイので、早く部屋の中に!」
奴らとは子鬼のことだろう。
真美は急かせるように部屋の中に入れてくる。
ガチャ、ガチャ
真美は何かに怯えるように、急いで玄関を二重ロックする。
(なるほど。やはり鉄製の玄関と鍵なら、ある程度は子鬼に対して有効なのか)
先ほど見た感じだと、子鬼は原始的な武器しか持っていなかった。
比較的堅牢なマンションに籠城していたら、ある程度はやり過ごせるのだろう。
これだけで有益な情報が一つ手に入ったことになる。
(それにしても、こんな簡単に他人を、しかも男を部屋に招き入れる、とは。あまりにも不用心だな、この女は)
もしも俺が強盗や暴漢魔なら、岩倉真美はもうすでに襲われているだろう。
(もしかして危機感が足りないのか? こんなに無防備すぎる格好だから、俺に襲われるなんて、今も想像もしていないんだろうな)
岩倉真美の格好は、タンクトップと短パンという無防備な格好。
白い生足を剥き出しにして、しかもブラジャーもつけていない。
しかも真美の顔立ちは美人系で、胸も少し大きめでツンとしている。腰も細くヒップも出ていた。
「それで、食料を分けてくれるのは本当ですか、沖田さん⁉」
だが本人は無謀な自覚はない。
むしろ彼女の方からこちらに迫り、俺の腕を掴んで懇願してきた。
……むぎゅ……むぎゅ……
大きめの真美のノーブラの胸が、俺の腕に身体に押し付けられる。
薄いタンクトップしか着ていないため、ほぼ生の乳房の柔らかさだ。
(なるほど……男に対する恐怖が麻痺しているのか。飢餓でここまで切羽詰まっていたということか)
真美の顔はかなり痩せこけていた。
おそらく何日もまともに食料を口に出来ていないのだろう。
「お、お願いします。沖田さん! 私が知っている情報なら何でも教えるので、少しでもいいので食料を早くください!」
まるで餓鬼のように彼女は迫ってきた
自分の胸が当たっていることにすら気が付いてないのだろう。
涙目で追い詰められた顔で、俺に媚びるように懇願してくる。
明らかに冷静さを欠いた状態だ。
「落ち着け。その様子だと、何日もまともな食事を口にしていないんだろう? 冷静に情報を話せるようにしてやる。ちょっと待っていろ」
「えっ……?」
了承も聞かず、勝手に彼女の台所を借りる。
リュックサックから道具と食材を取り出し、食事の準備をしていく。
まぁ食事といっても簡単なモノ。
非常食のレトルト粥とコンスープを、アウトドアの携帯コンロで温めただけだ。
「さて、これなら無理なく食べられるはずだ……」
断食状態でいきなり固形物を口にしたら、吐き出ししてしまう危険性がある。
だから今回は消化に良いこの二品したのだ。
「さて。待たせたな」
俺は手早く調理した料理を、リビングのテーブルに置く。
食器類は台所にあった彼女の物を、勝手に拝借しておいた。
「えっ……? これ食べていいんでか? 私が? でも、情報をまだ私は……」
飢餓により冷静さを失っていた真美は、きょとんとしていた。
「ああ、もちろんお前が食っていい。前払いだ」
「は、はい! いただきます! う、あぐ、あぐ……もぐもぐ……」
ようやく理解できて真美は動き出す。
むさぼるように食い始める。
テーブルマナーなど何処へやら。
まるで腹ペコの幼子のように、ガツガツと食事をかっこんでいく。
「うっ、ごくり……うっ、うっ、美味しいよ……お粥とコンスープって……こんなに美味しかったんだ……」
数日ぶりのまともな食事にホッとしたのだろう。
食事を終えた真美は、大粒の涙を流し始める。泣きながら食べ物に感謝していた。
(たしかに断食明けの粥は、何よりも最高のご馳走だからな)
俺も長期のサバイバルで同じような経験があった。
こうした飢餓状態での粥は、どんなフルコースにも勝る美味さと感動がある。
まさに“空腹は最高の調味料”なのだ
(それに涙を流すことは悪いことばかりではない。特にこうしたストレスが多い世界だとな)
人は涙を流すことでストレス発散ができる。
感情を大きく落とすことで、気持ちを切り替えることができるのだ。
「さて、少しは落ちつたか? 時間もないから、話も聞かせてもらおうか?」
泣き終えた真美は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
先ほどまでの死人のような顔色に、血色も少しだけ戻っている。この状況なら冷静に話もできるだろう。
「は、はい! 私が知っていることなら何でも話します。でも何を話せば?」
「とりあえず、ここ一週間の街がどうなっていたか、状況を知りたい。俺は訳あって山奥に籠っていたら、この状況をさっき知ったばかりだ」
自分の部屋で謎の眠りについていたことは、誰にも話さない方がいいだろう。適当な嘘を混ぜて説明をする。
「この一週間のことですか? わ、分かりました。私の分かる範囲なら……」
こうして真美は眉をひそめながら静かに話し始めるのであった。
◇
真美の話が終わる。
「……私が知っているのはこのくらいです。これでいいですか?」
「ああ、問題ない。なるほど。やはり、そういうことが起きていたのか」
真美から聞いた話を整理すると、次のように感じだ。
――――◇――――◇――――
・俺が寝むりについた翌日の夕方、突如、街に危険な謎の生物(ゴブリン)が一斉に出現。殺戮を開始して、街のいたるところで火災が発生した。
・怪物が出現した直後は、多くの情報が錯乱し市民は混乱状態。真美も最初は何が起きたか理解できず、ずっと部屋に立てこもっていた。
・騒動の二日目にいきなりマンションが停電。周りの民家も停電していた。
・更に半日後に、急にスマートフォンが圏外になった。パソコンやラジオ機能も普通になった。
・ネットが使えていた時には、SNS上に色んな情報が飛び交っていた。だが危険な謎の生物(ゴブリン)の正体は誰も分から鳴った。
・最初はサイレンの音が鳴り響いていたが、その後は段々と聞こえなくなった。ここ数日はまったく聞こえない。
・このマンションの住人の中には避難所に向かう集団もいた。だが直後に下から悲鳴が鳴り響いていた。真美は怖くなり更に部屋に籠る。
・ベランダからこっそり街を見みると、危険な謎の生物(ゴブリン)の集団が近隣の一軒家を襲っているのが見えた。このマンションの五階の廊下でも殺戮が行われていた。
・その後、真美は更に引き籠るようになる。必死になってベランダの雨戸を閉めて、息を殺してうす暗い部屋の中で立てこもっていた。
・電気と都市ガスが止まっていたが、水道水は出たので何とかなった。だが音を気がつかれるのは怖いので、なるべき水やトイレは最小限しか使ってこなかった。
・災害用の食料は大量に備蓄していなかったが、食料は部屋に少しだけあった。それを節約して今まで必死で生き延びてきた。
・だが食料も尽きて、倒れそうになる。そんな時に廊下に足音と声が聞こえて、俺の姿をドアスコープから見かけた
――――◇――――◇――――
以上が真美から聞きだせた有益な情報だ。
(なるほど。俺が寝ていた一週間で、そんなことがあったのか)
ある程度は自分でも予想はしていたが、真美から有益な情報が得られ、仮説が確定事項へと移行。
頭の中で情報を整理していく。
(やはり今の街の状況は“無政府状態レベル”か)
“無政府状態”とは革命や内戦、戦争、パンデミックなどによって行政機関が崩壊。
消防や警察、ライフラインが止まってしまった無秩序な状況のことを示す。
今回は誰も想定すらしていないファンタジーな魔物の出現によって、この街は無政府状態になってしまったのだ。
もはや自治体だけでは対応できない大災害レベルの事件だろう。
「ちなみに、この一週間で、ヘリコプターの音は聞こえていないのか? 低空飛行するジェット機の音とか聞かなったか?」
情報をまとめながら真美に質問をしていく。
日本では災害時、自衛隊が率先して救助活動をする。
たしか災害時の自衛隊はヘリコプターを現地上空に派遣して、観測と情報収集任務を行うはずだ。
「ヘリコプターですか? はい、最初の方は聞こえたような気がします。でも、ここ数日はまったく聞いていません」
自衛隊がまったく行動していない。
かなりおかしな話だった。
もしかしたら基地に緊急事態でも起きたのだろうか?
だがあの子鬼どもにそんな芸当ができるのだろうか?
高速で空を飛ぶヘリコプターを、あの粗末な短剣で落とせる、とは思えない
(ヘリ以外にも県内には陸上自衛隊の駐屯基地もある。装甲車や戦車なら、あの子鬼を一層できそうなはずなのに?)
いくら平和ボケした自衛隊でも、あのような子鬼を一週間も放置しているだろうか?
少なくとも自衛隊の機銃や迫撃砲の音が、どこから聞こえてくるはずなのだ。
(つまり起きている、と考えた方が賢いな。あの子鬼以外にも何かが、“それ以上”が出現しているのが妥当だろう)
サバイバル活動において、“目に見える驚異”を見つけて安心するのは愚行。
ありとあらゆる不測の事態を予測して、柔軟に行動する必要があるのだ。
(それに通信機器の停止や停電が早すぎることが気になる)
過去の大地震の教訓もあり、日本の大事なライフラインは災害に強くなっている。
たとえ町全体が停電になっても、水道所とガス基地の大型自家発電により、水道と都市ガスは動き続ける。
真美が話したように今回は異様に早くストップしていた。自衛隊が見えないこと同じくらい異常な状況だ。
(ふむ。ここでいくら仮説を立てても意味がないな。やはり外で情報収集をする必要があるな)
こうしたサバイバル活動において重要なのは情報を集めること。
あのファンタジーな子鬼の生態調査と成功して、街の状況も確認していく必要があるのだ。
まずはマンションの近隣と町内の調査が必要だろう。
「さて、真美。俺が欲しい情報はもらえた。これが約束通りの食料だ」
今後の行動方針が決まったところで、リュックサックから謝礼をとり出す。
テーブルに置いたのは大人二日分の非常食。
今回の情報を教えてくれた真美へ対価だ。
「しょ、食料⁉ あ、ありがとうございます、沖田さん!」
真美は目を輝かせて非常食に手を伸ばす。
彼女にとっては待ち望んでいた報酬なのだろう。大事そうに胸に抱える。
「さて、それでは俺は失礼する。邪魔したな」
「――――えっ⁉」
俺が立ち上がると、真美は声を上げる。
ハッとした顔になり、何かに気がついたのだ。
「あ、あの、沖田さん? また食料を分けてもらえるんですよね? 何日後とかにに?」
気がついたのは今後の食料について。
どんなに節約しても、この食料では数日分しか持たない。
つまりそれ以降、真美はまた餓死の危機に陥ってしまうのだ。
「いや、俺がこのマンションに戻って来る可能性は低い。もう少し便利な活動拠点を探すつもりだからな」
「ど、どうしてですか⁉ 雨戸を閉めて、玄関に鍵をしたら子鬼とやらは防げますよ⁉ み、水はまだ出ますし⁉」
「いや、ここは災害時の拠点として足りないものだらけだ。“四大ライフライン”が貧弱すぎる」
「よ、四大ライフライン?」
「ああ、サバイバル活動の基本だ」
サバイバル知識に無知な真美に、簡単に説明する。
このような都市サバイバルにおいて、次のような拠点を探すことが重要であると。
――――《四大ライフライン》――――
その1:体温を維持できる場所であること《保温性》
その2:飲み水が安定して近場にある場所であること《飲料水入手度》
その3:食料が定期的に手に入れるこが可能な場所であること《食料入手度》
その3:外敵などの脅威が低い場所であること《安全度》
――――◇――――
他にもある状況的に俺は、この四つを最優先で拠点を探していく計画だ。
ちなみにこのマンション『フローラ・ガーデン』の俺の拠点評価は次の通りだ。
――――『フローラ・ガーデン』――――
《保温性》:A (マンションのため気密性は高い。冬が来てもなんとかなる)
《飲料水入手度》:E (貯水槽タンク方式で今は使えるが、じきにダメになる。論外)
《食料入手度》:E (一人暮しが多いため他の部屋にも非常食はほとんど残っていない)
《安全度》:C (密室性が高いが、すぐ下に子鬼が闊歩して危険)
――――◇――――
この事実を真美に端的に説明していく。
「つまり、このマンションの部屋に籠っておけば、今は安全かもしれない。だが、いずれは確実に脱水症状か飢餓で動けなくなる。お前も体感していただろう?」
「うっ……そ、それは……そうですけど……」
真美は顔面が真っ青になる。
俺が偶然現れなければ、彼女は間違いなく数日以内に餓死していた。
もしくは隣のサラリーマンのように、飢餓状態のままマンションから外出。そのまま子鬼に餌食になっていただろう。
その死の恐怖が再び真美に襲いかかる。
「――――っ⁉ ――――ひぃ⁉ た、助けてください、沖田さん!」
餓死の恐怖を思い出し、真美は再び混乱状態になる。
立ち上がって去ろうとして俺の足に、無我夢中でしがみついてくる。
「アナタしか、いないんです! 私を助けてくれるのは!」
先ほどと同じように、ノーブラの胸の感触が俺の足にある。
(さて、どうしたものか、この女は……)
最初のコメントを投稿しよう!