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第7話:崩壊した世界の調査
岩倉真美の部屋を出て、俺は非常階段を使いマンションの一階に降りていく。
もちろん周囲の警戒は怠らない。
一階に無事に到着した。
「さて。今ところ子鬼は近くにいなそうだな?」
遮蔽部で身体を隠しながら、マンションの周囲を確認していく。
最初にベランダから見かけた三匹の子鬼は、どこか違う場所に移動したのだろう。
だが油断はせずに調査していく。
「ふう。まさに崩壊した世界、世紀末だな、この光景は」
マンション周囲の状況は酷いものだった。
道路や中庭の至る所に内臓や血は飛び散り、腐臭が漂よっている。
俺意外に動いている人の気配は近くにはない。
「それにしてもこれだけの惨殺の跡はあっても、死体はない。奇妙だな?」
マンションの周囲には人間の死体がなかった。
臓物や血痕は多いが、肝心の死体が転がっていないのだ。
「さて、どういうことだ、これは?」
真美の話によると今から一週間前、大量の子鬼が出現。
街のいたるところ惨殺が行われて、市民が餌食になったという。
千人単位の死体が転がっていてもおかしくはないのだ。
「こっちにも引きずった跡が……なるほど。つまり“エサ”として持っていった、ということか?」
その残酷な仮説にいたる。
子鬼の主食が人肉なら、死体を放置しておかないだろう。
その証拠として、いたるところに死体を引きずった跡がある。
そういえば朝の三匹の子鬼も、大人の死体をも移動させていた。
おそらく奴らにも“巣”的な場所な住処があるのだろう。
つまり人間の死体は巣にある可能性が高いはずだ。
「さて、今の周囲は安全だな? よし、それでは町内の様子を調査するか」
マンションの周囲には今の危険は少ない。活動範囲を町内に広げてみる。
最初の目的地は一番近い食料品がある店だ。
「一番近い店……あのコンビニを確認してみるか」
徒歩五分ほどいったところにコンビニエンスストアが一件ある。
あそこがマンションから一番近い店。
まだ食料があるか調査する必要があった。
「それじゃコンビニに向かうか……こっちの裏道からいくか」
俺は他人の家の敷地内に入っていく。
庭をずかずかと進んでいき、塀を乗り越えて次の民家に進んでいく。
「時間はかかるが仕方がないな、安全のために」
道路は遮蔽が皆無で、子鬼に見つかりやすい。
だから俺は裏道を行くルートを選択したのだ。
移動しながら、民家の中の様子も覗き込んでいく。情報を仕入れるためだ。
「一軒家の中は……やはりか、駄目か」
家の中はほとんどが酷い状態だった。
リビングの大きな窓が粉々に壊され、家の中に内蔵や血が飛び散っている。
どの家も子鬼の襲撃を受けたのだろう。
「子鬼のような相手だと、こうした普通の一軒家はもろいな」
日本の一軒家はどうしても採光性と通気性のために、一階に大きな窓を取り付けている。
だが子鬼は両手で道具を使え、ある程度の知恵もある襲撃者。
そのため玄関を閉めて、こうしてガラスから侵入されてしまうのだ。
「そう考えると、マンションの高層階は、立てこもるのには有利かもしれないな」
マンションの玄関の多くは、固い金属製の扉で堅牢。
またベランダの大きな窓も家具で封鎖してしまえば、子鬼の斧で程度では簡単には突破はできないだろう。
その良い例が先ほどの岩倉真美。
彼女はずっと五階の部屋に閉じこもっていたお蔭で、今まで惨殺されずに済んだのだ。
「だがマンションは備蓄が少ないから、長期の籠城には向かないからな」
マンションやアパートは収納が最低限しかない。そのため水や食料、燃料を大量に備蓄できないデメリットがある。
そのため籠城には向くが、長期間の籠城戦には弱い。
その例が真美以外のマンションの住人たち。
彼らは食料が尽き、外に出た時に子鬼の餌食になってしまったのだ。
「つまり一軒家もマンションも一長一短といったところだな、今回の場合だと」
そんなことを考えながら移動と調査を続けていく。
「ん? ここは……?」
一件の民家が目に入る。
三階建ての縦長の家で、一階が駐車場のオシャレな一軒家だ。
「子鬼に襲撃された形跡がないな、ここは? もしかしたら……」
一軒家でも子鬼には有効な建物。
上の住居に生き残りがいるか、玄関を確認してみる。
「これは鍵がこじ開けられたのか?」
明らかに子鬼の仕業ではない。
悪知恵が周り、手先が器用な人間の仕業だった。
「…………」
二階と三階の住居を用心深く確認していく。
「ふう……駄目だったか」
結果として生き残りは誰もいなかった。
住居に残っていたのは、包丁で惨殺された家族の死体。
腐敗的につい最近に被害にあったのだろう。
「暴徒か武装集団あたりか……」
特に一家の女性の遺体が酷い状況。
母親と学生らしき娘は、強姦された形跡があった。
「やはり、こうした無政府状態だと“人間”が一番怖いな」
人は過度のストレスを受けると、自分の欲望を爆発させてしまう。
今回は暴徒が金品や食料を奪い、一家の命まで奪っていったのだ。
「自分の身は自分で守るしかないな。さて、いくか」
気持ちを切り替えて、移動を再開する。移動しながら調査も並行していく。
「あの看板は……ようやく着いたか」
目的のコンビニエンスストアにたどり着く。
普段なら五分もかからない近場だが、裏道と調査で三十分もかかってしまった。
「さて、中の様子は……やはり、そうか」
コンビニの中は予想以上に荒らされていた。
自動ドアのガラスは粉々に破られ、店内の陳列棚はメチャメチャにされている。
「略奪と殺戮の跡か……」
店内から死臭もしている。
子鬼の気配がないことを確認しながら、店内を調査していく。
「ここは暴徒が略奪中に、子鬼が襲ってきたんだろうな」
内臓と血の跡は、床や壁に散乱している。
大きな死体がないところを見ると、子鬼によって運ばれてしまったのだろう。
「食料品は……やはり根こそぎ無いな」
店内から食料と飲料品が消えている。
カップラーメンや菓子パン、ペットボトル類は全くない。
「これは人間の略奪だな」
人肉を集めていた子鬼は、カップラーメンを作る文化はないだろう。
ということは暴徒がコンビニを略奪していったのだ。
「日本の一般市民がコンビニを略奪か。世も末だな」
日本人は世界の中でもトップクラスに我慢して、節度を守る民族だ。
大震災があった時も、一般市民がコンビニエンスストアを略奪した記録ない。
だが今はそんな節度すらも失われていた。
「まぁ、このモンスターあふれる異常事態だと、これも仕方がないな」
今回は大災害とはレベルが違う。
自衛隊すら姿を見せず、子鬼たちが闊歩している状況。
死と恐怖のストレスの中で、普通の市民ですら正気を保つのは難しいのだ。
「さて、残っている物でも、適当に確保しておくか」
コンビニの倒れた棚の下には、辛うじて残っている食料品があった。
スナック菓子やチョコレートなどの菓子類。缶コーヒーや調味料だ。
「カップラーメンや缶詰だけ目に入って、こうしたモノは見逃したんだろうな」
一般的に思い浮かぶ非常食といえば、カップラーメンや缶詰が思い浮かぶ。
だが実はこうした菓子類も、非常食として優れている。
常温でも腐ることがなく、かなり日持ちする。
栄養バランスは良くないが、塩分や糖分は多く補給できるのだ。
「なにより、『人はパンのみにて生きるにあらず』、娯楽や菓子がないとストレスが多くなるからな」
人間は味気ない食事だけだと、ストレスを抱えてしまう。
具体例だと、先ほどの真美がリンゴジュースを口にして落ち着いたこと。
こうした極限状態の生活では、菓子や嗜好品はストレスを解消してくれるのだ。
「さて、商店街の方も確認してくるか」
同じ場所に長く留まっていては、子鬼に捕捉れてしまう危険性がある。
少し離れた商店街へと足を延ばすことにした。
◇
先ほどと同じように裏道を移動、小さな商店街に到着する。
「やはり、こっちも同じか」
コンビニと同じように商店街も荒らされていた。
暴徒によって店頭のガラスは割られ、店内は略奪で空になっている。
「ここもたくさん惨殺されているな、この血の量だと」
こちらでも子鬼の殺戮があったのだろう。
商店街の通りと店の中は、血の惨劇が広がっていた。
死体が持ち去られ、死臭がアーケード内に充満している。
「ふう……この分だと市内のどこも同じような感じだろうな?」
子鬼の出現規模と範囲は分からない。
だが警察と自衛隊の姿がないということは、かなりの広範囲に子鬼はいるのだろう。
「やはり国家権力はアテにできなそうだな。ふう。それならもう少し踏み込んで、連中の調査をしないとな」
もしかしたら日本中が崩壊した可能性もある
それなら慣れたこの街にいる方が安全。
俺は更なる情報を求めて、市内を歩いていく。
「ん? この獣臭は……?」
しばらくして覚えのある臭い匂いがしてきた。
血の臭いとも違う。
今日の朝にベンダから微かに嗅いだ、嫌な獣臭だ。
「あれは……よし、いた。子鬼だ」
前方に人型の生物が二匹いた。
全身はドス緑色の肌で、醜い顔の半裸の存在。
――――単独行動をしている子鬼だ。
「さて、今後のために子鬼の生態も調査しないとな」
こうして危険で残虐なモンスターに、俺は背後から接近していくのであった。
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