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第9話:相談とアドバイス
ドワーフの老鍛冶師ドルトンさんから、工房の端を貸してもらえることになった。
これで冒険者になるための自分の武具作りにチャレンジできるぞ。
新生ドルトン工房に初出勤する。
「お、おい、ハルク……まさか、これはオヌシが……?」
「あっ、バレちゃいましたか。さすがドルトンさんの目利きですね。ちょっとだけ頑張っちゃいました」
昨日は居残りで工房の整理整頓をしていた。
壁や屋根も壊れていた部分も修理。
気がついたら“少しだけ”大掛かりになっていたのだ。
「ふぅ……とりあえず、中に入って話を聞こう。ん? どうやって、開けるのじゃ、この扉は?」
「あっ、ここに手を触れてください。自動で開きます」
ウィーン。
工房の扉は少しだけ壊れていた。だから鉱脈から持ってきていたミスリル金属で、修理しておいたのだ。
ちなみにミスリルは丁寧に作ると、色んな機能を付与できる。入り口には自動開閉機能を付与しただの。
「い、いや、ミスリルにそんな付与機能があるんなんて、ワシも初めて聞いたぞ……」
「えっ……そうだったんですか⁉」
ボクは今まで自己流で鍛冶技術を学んできた。
だから鍛冶業界から常識が外れていたのであろう。急に恥ずかしくなってきた。
「ふう、まったくどうなっているのやら。ん? 工房の中は、比較的、普通じゃのう。良かったわい」
ドルトンさんが安心しているように、工房の中はそれほどミスリル金属で、リフォームはしていない。
前の古き良き工房をそのままに、ほぼ残してある。
「まずは、そこに座れ、ハルク。話を聞こうか」
「あっ、はい」
ドルトンさんは神妙な顔をしている。
もしかしたら勝手に修理をしたことを、怒っているのだろうか。
急に怖くなってきた。
「いや、怒らん。オヌシが普通の鍛冶師じゃないことは、昨日の複製作業で何とく気が付いていた」
「えっ……普通じゃない、ですか」
「ああ、そうじゃ。オヌシはおそらく《石の精霊》か《火の精霊》の加護を、持っておるはずじゃ。だから扱いの難しいミスリルを、ここまで薄く簡単に加工できるのじゃ」
「えっ……ミスリルって、加工が難しい金属だったんですか⁉」
目から鱗が落ちる話だった。
五歳の時から当たり前のように、ミスリル金属を触ってきた。難しいと思ったことは一度もないのだ。
「ああ、かなり難しい。ワシが、この工房を同じように加工するのには、おそらく百年以上かかる」
「えっ……百年も…ですか」
あまりに数字が大きすぎて、感覚が分からない。
でもドルトンさんは間違いなく腕利きの鍛冶師。
つまりミスリルは本当に、加工が難しい金属なのであろう。
「あと、一番の問題なんじゃが、これほどの大量のミスリルを、どこから持ってきたのじゃ? 持ってきたのは、その道具リュックだけなはずだが」
「えっ、ミスリルですか? リュックに入らないので、こっちの【収納】に入れてあります」
ポワン♪
ボクは自分の身体の【収納】に、腕を入れる。
ゴソゴソ、と探って、ミスリルの金属棒を取り出す。
「よいっ、しょ」
ドーーーーン!
工房の床にミスリルの金属棒を置く。
ちょっと大きいのを出し過ぎてしまった。危うく床を抜いてしまうところだ。
「な、なんじゃと……いま、【収納魔法】から出したのか⁉ こんな大きいのを⁉」
「えっ、はい、そうです。【収納】は五歳の時に教えてもらいました。ハメルーンでも一般的ですよね?」
収納魔法は生活魔法の一種。特殊な魔術の才能がなくて、誰でも使える便利な魔法だ。
意識を集中して手を伸ばすだけで、色んな物を出し入れできる。
最初は小石程度の大きさしか収納できなかったけど、最近ではけっこう大きな物も貯めこむことが出来るようになった。
「たしかに【収納魔法】は誰でも使える。だが、こんな巨大で超重量を収納できる者は、ワシは今まで見たことがないぞ……」
「えっ……そうだったんですか。なんか、すみません」
ボクは幼い時から、鉱山の中だけで生活してきた。
だから、どうしても一般的な常識が欠けているのだ。
変なことを言って、ドルトンさんを傷つけていないか心配だ。
「いや、ワシは鍛冶師じゃから傷つきはしない。だが、その収納の容量は、あまり他人には見せびらかすな。問題が起きるかもしれん」
「えっ、問題ですか?」
「ああ、それだけ大容量の収納使いは、大陸でもそう多くはないじゃろう。密輸の盗賊団や、悪徳商人など、狙うヤツは後を絶たないじゃろう」
「そうだったんですか。肝に命じておきます」
ドルトンさんのアドバイスは有り難い。これから他の人の前では見せないようにしよう。
でも大きな荷物を運ぶ時は、どうしよう?
あっ、そうか。大きなリュックサックを作って、その中に詰め込む感じにしよう。
ミスリルを薄く布加工していけば、耐久性のある巨大なリュックサックも作れるはずだ。
「あと、一番の疑問じゃ。どうして、こんな大量のミスリルを所有しているじゃ⁉ 大国の所有埋蔵量を、はるかに超えているぞ?」
「えっ……ミスリルって、そんな貴重なんですか?」
「ああ、そうじゃ。この金属棒だけで、小国が買える価値はある」
「えっ……そうだったんですか……」
これは気まずいことを聞いてしまった。
何しろ、これと同じ大きさのミスリル金属棒を、あと121本もボクは【収納】している。
他にも精錬していないミスリル原石、他の金属を山のように【収納】していた。
ドルトンさんのこの神妙な感じなら、言わぬが仏、というやつだろう。
いつか落ち着いた時に出も、何気なく言いだすことにする。
「まぁ、よい。オヌシのことだ。悪い出所じゃないのだろう。ふう……それにしても、ワシはとんでもない奴に、工房を貸す約束をしてしまったのかもな……」
「あっはっはっは……なんか、申し訳ないです」
何か今日は、ドルトンさんを呆れさせてばかりだ。
これから驚かせたりしないように気をつけよう。けっこう歳みたいだから、心臓麻痺と怖いし。
よし、話も終わったみたいだ。
今日の本題に入ろう。
「あのー、ドルトンさん。昨日も言ったんですが、ボクは冒険者になりたいんです。そのためには自分用の武具がないと、ギルドで登録が出来ません」
「ああ、そうじゃのう。随分と面倒な時代になったものだ。昔は着の身着のままで、冒険に出ていた時代もあったが」
「へー、そんな時代もあったんですか……あっ、だからボクは自分用の装備を作りたいんです。でも冒険者用の装備を作るのが初めて、イメージが湧かないんです。アドバイスを下さい」
「なんじゃと、そんなことか。規格外な能力を持っているくせに、アンバランスな悩みじゃのう」
ドルトンさんは苦笑いしながら、引き出しから紙を取り出す。
何やらメモの使う感じだ。
「仕方がない。それならアドバイスしてやろう。ハルクよ、オヌシは『どんな冒険者になりたい』のじゃ?」
「えっ……『どんな冒険者になりたい』ですか?」
いきなりの意味深な質問。
ボクは自分の心の中に問いかけるのであった。
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