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          ✳︎  いけないいけない、思わずキスしてしまいそうだった——  今日は遥希くんとの距離が物理的に近すぎて、ずっとドキドキしている。遥希くんはいつもカッコいいのだけど、今日の遥希くんは一段とカッコよくて、もはや王子様。尊い。  そんな王子様に、ボクは触れたくてたまらない。知らなかった。自分がこんなに破廉恥な人間だとは。遥希くんが満員電車でボクを人ゴミから守ってくれているときも、抱きつきたくて仕方がなかった。でもそんなことしたら、ただの痴漢だし、目を閉じて何か気の紛れるようなお話でもしていないと、腕を遥希くんの背中にまわしてしまいそうだった。っていうか満員電車、本当に近かった! 遥希くんの息が顔にかかって、熱くて、いい匂いがして、もう本当にヤバかったんだから!  待ち合わせ場所で会ったときは、なんだか微妙な雰囲気だった。遥希くんはいつもながらの格好で、これがまたカッコいいのだけど、ボクはかなりめかし込んでこの花火大会に臨んだ。  遥希くんと花火大会に行くことになったと鉄観音さんと茉莉衣ちゃんに話すと、二人ともとても喜んでくれた。 「お洒落していくんやで!」 「そうですわ! なんなら服、買いに行きましょう!」  と、盛り上がり、初めて三人でおでかけしたのも楽しかった。  髪がモサッとしているから美容院へ行け、と鉄観音さんに言われ、茉莉衣ちゃんが見つけてくれたお洒落な美容院を予約した。人気のお店らしく、花火大会の当日にしか取れなかったけど、時間の余裕はあったのでドキドキしながら行った。ボクは地元青森の昔ながらの理容室でしか髪を切ったことがない。大学進学で上京してからは、節約のため適当に自分で切っていた。ボクの髪は柔らかく、適当に切っても適当にバサバサ整えておけばそれなりに収まってくれるのでとても便利だ。都会のお洒落な美容院は美容師さんもきっとお洒落だろうから、お洒落な人でないと追い返されるんじゃないかと怯えていたが、みんなでわいわい言いながら選んで買った服を着ると、ちょっと自信が出て、なんとか都会の美容院の門をくぐることができた。  美容師さんはもはや芸能人ですかと訊きたくなるくらいお洒落の完成度が高いカッコいい人で緊張したけど、とっても気さくな人でたくさんお話ししながら楽しく過ごすことができた。これまでボクが適当に切っていた髪を丁寧に調整してくれて、出来上がったときにはとても感動した。これがボクなのかなーって、まじまじと鏡を見てしまった。  予定を押してしまい、ボクは鉄観音さんに淹れてもらった麦茶をリュックの中でちゃぷちゃぷ鳴らしながら待ち合わせ場所へと走った。ギリギリ間に合いそうだと、ひたすらダッシュした。せっかくきれいに整えてもらった髪が、走ったことで乱れてしまうかもしれないとドキドキしながら。  待ち合わせ場所が近くなったところで、ちょうど公園があったのでそこのトイレに入り、汗を拭いた。この暑さの中で走ったのでかなり汗をかいていたけど、服に汗染みなどはできていない。茉莉衣ちゃんに持って行けと言われた汗拭きシートを使うと、身体がスッキリした。何から何までありがとう、茉莉衣ちゃん。締めに鉄観音さんの麦茶を飲んで、身体の中も気持ちもスッキリする。鉄観音さんの淹れるお茶は本当に美味しい。と、落ち着いている場合ではない。  スマホの時計を見ると、待ち合わせ時間を少し過ぎていた。まずい。ボクは事後報告だけど少し遅れると連絡しようとしたが、もうすぐそこが待ち合わせ場所なので走った方が早いと踏み、再び走り出した。  待ち合わせ場所にやっとたどり着くと、日陰で本を読んでいる遥希くんを見つけた。もうその時点で遥希くんはキラキラとした王子様オーラを隠さずにいて、走っていたドキドキとは違うドキドキが加わって苦しくなる。  遥希くんはボクに気づくと固まって、本を落とした。落とした本をボクが拾っても全然こちらを見てくれない。髪や服について何も言ってくれない。そのまま駅へと向かうことになった。この反応……。しまった。  お洒落をやり過ぎてしまったあああああ!!  友だちと花火大会に行くくらいでこの気合いの入れ様、マジか、とか思われているのかもしれない。しまった。もっと自然な格好にすればよかった。しまった。遥希くんが絡むとどうしても舞い上がってしまう。しまったあああ時間を巻き戻したいいい……と、悔やむけど、時間が巻き戻ることなんてないことを、ボクはよく知っていた。
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