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          ✳︎  待ちに待った岡崎とのデート、もとい、ごはん会はそれはそれは楽しい時間となった。 「どう? 遥希くん、おいしい?」 「うん、うまい」 「良かったぁ! ここお気に入りなんだ」 「よく来んの?」 「うん、バイト終わってお腹空いたときにこの匂い嗅ぐとたまらないんだよね」 「あー、確かにいい匂いだな」  好きな人と食べるごはんはうまい。好きな人と食べる、それだけで味は三割り増しうまくなる気がする。目の前でおいしいおいしいと言いながらごはんを食べている岡崎を見ていると幸せな気持ちになるし、岡崎とどうでもいい話をしていることが楽しい。  良かった。こんな日が二度と来ないんじゃないかと、枕をしとどに濡らしたあの日々が懐かしい。というのは嘘で、もう二度とあんな思いはしたくない。  楽しすぎてこの時間が永遠に続けばいいのにな、と思わずにはいられない。  ズルズル、ズルズルズル——  店内には延々と箏曲が流れており、違いのわからない俺には同じ曲がエンドレスリピートしているように聞こえる。それに被さるようにして、ズルズルとそばを手繰る音がそこここから聞こえてくる。  しかしこのそば、うまい。俺が頼んだのは、にしんそばで、醤油で甘く煮たにしんが、そばの上にどどんと乗っている。箸でほぐすとホロリホロリと(ほど)けていき、口に運ぶとただ甘いだけではなく、にしんの旨みも広がっていく。琥珀色に光る出汁は京風だが薄味というわけではなく、昆布と鰹の味がしっかりとついている。特に鰹の香りが湯気と共に立ち上り、食欲をそそる。そばもそばで、味わっていると鼻の奥でそばのいい香りがするし、出汁との相性は抜群だ。ずっと手繰っていたくなる。  ついつい箸が進んでしまうが、これを全部食べてしまったら岡崎とのデート、もといごはん会が終わってしまう。そう思うと、食べるペースを下げたくなるが、そばが伸びないうちに食べた方が絶対にうまいわけだし、ていうかうまい。  岡崎は山かけそばだ。こちらもうまそうである。ちょっとくれよ、と言いたいけど何故か恥ずかしくて言えなかった。  そもそも俺たちはステーキを食べに行くはずだった。ところがこうしてそばをうふふしながら食べているのには理由がある。  
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