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カランカラン、とドアベルが鳴り、カウンターの向こう側にいる老紳士が会釈する。岡崎も会釈すると、俺を引っ張って奥のボックス席へと進んだ。木製の床がキシキシと音を立てる。コーヒーの香りや、バターやソースなんかの匂いが店の中に漂っている。客はカウンター席に一人だけである。音楽は流れておらず、クーラーの稼働音が薄っすら聞こえてくる。
スプリングの効いた革張りのソファに腰を落ち着けると、人心地がついた。外は暑くて、少し熱中症気味かもしれないし、何かにのぼせているのかもしれない。老紳士が氷水とおしぼりを持ってきてくれた。水にはレモンが浸してあり、俺はそれを一気に飲み干した。レモンの爽やかな香りがして、めちゃくちゃ美味かった。その様子を岡崎と老紳士がジッと見つめていることに気づき、サッと顔が赤くなるのを感じる。
「いい飲みっぷりだね。おかわりをいれましょう」
「す、すみません」
「夏だからね。水分はたくさん摂らないとね」
老紳士が空になったグラスに水を注ぎ、席を離れていくと、岡崎が俺を心配そうに見た。
「ごめん、暑いのにたくさん歩いたから疲れたね」
「大丈夫だよ。心配すんなって」
とはいえ、最近家にこもりがちで、ごはんもあまり食べていなかったせいで体力が落ちている。情けないところを岡崎に見られてしまった。岡崎の前ではカッコよくしていたいのに。俺は思わずため息をついた。
「ご、ごめんね……」
岡崎が向かいの席でしゅんとしている。俺がしゅんとさせてしまったのだ。俺は慌てて首を横にブンブン振った。
「大丈夫だってば。それより、何頼む? オススメとかある?」
テーブルに備え付けられている年季の入ったメニューを、二人で見られるように広げた。岡崎は少し元気を取り戻して、ケーキセットを指さした。
「ここのチーズケーキが美味しくてさ。紅茶とよく合うんだ。遥希くんにも食べてもらいたくて」
「いいね、チーズケーキ好きだよ」
パッと顔を輝かせる岡崎の顔の周りに、色とりどりの花が咲いたような気がした。いちいちかわいいなあ、もう。
岡崎はケーキセットを二つ注文し、両肘をテーブルについて両手で顔を支え、ニコニコしながら俺を見つめて始めた。
「な、なんだよ」
「えー幸せだなあって思って、うふふ」
俺の頭の中に一つの可能性が浮かび上がる。確度はかなり高い。それは。
岡崎も俺のこと、好きなんじゃないのか説。
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