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 結果としてごはん会はとても楽しいままに終わった。喫茶店でたわいもない話を長々とした後、夕飯時になったのでラーメン屋でちゃんと味のする普通のラーメンをすすり、俺たちはまた次の約束をして名残惜しく解散した。姿が見えなくなるまでお互い振り返りながら、手を振り合いながら、家路へとつく。  一人になると、またすぐに岡崎に会いたくなってくる。岡崎に笑ってほしい。岡崎に触ってほしい。岡崎に触りたい、笑いかけたい。一緒にいてもいなくても、俺の頭は岡崎のことでいっぱいだ。  家に着くと、『下町奉行、呪詛を斬る!』を再生して流した。お奉行様が呪詛によりゾンビのようになってしまった民衆をバッサバッサと斬りまくるシーンが映し出されている。ファンの間でも人気のある回で、このドラマの中で一番血糊の量も多い。お奉行様は剣の達人で、一太刀振れば民衆だった者の腕がとび、かえす刀で胴が真っ二つに分かれる。あれだけ斬れば刀に血がついたり骨を断ったりしているのだから普通は使い物にならなくなりそうなものだが、お奉行様が使っているのは退魔の刀で、俗っぽく刃こぼれなどしない。このドラマの世界では最強の武器なのである。それを演出するために、刀は無駄に光っている。  俺にも最強の武器があれば、とふと思う。  その武器は人を斬るためにあるのではなく、自分の弱さを断つためにあって、俺はそれを一振りして自分の中にある怖気(おじけ)を両断するのだ。 「岡崎、俺、お前のことが好きだ。付き合ってほしい」  そうしたら、そんなことが言えてしまうのだ。その結果が俺の望まないものだったとしても。  岡崎と一緒にいつづけることを望んではいる。ただ、俺が本当に望んでいるのは、岡崎の恋人になることだ。岡崎は俺の特別な人だし、俺も岡崎の特別になりたい。岡崎を独り占めしたい。俺だけの岡崎にしたい、したい、したくてたまらない。  けれども、気持ちを伝えてしまうことで、ただ一緒にいる、ということすらもできなくなってしまうかもしれない。岡崎は俺のことを友だちとして見ている。俺の方は、岡崎を恋人にしたいと思っている。その気持ちの相違が明らかになってしまうと、かなり大きな溝となってしまうだろう。きっと一緒にはいられなくなる。それがたまらなく怖い。怖くて、考えただけで身体が震えてくる。  友だちのままなら、本当の望みは叶わないけれども、ずっとずっと一緒にいられるはずだ。今日みたいにバカな話をしたり、美味しいものを一緒に食べたり、笑い合ったり、他にもいろいろ、たくさんのことができるはずなんだ。  だけど—— 「逃げるな! 戦え!」  活を入れるお奉行様の声が聞こえる。  自分の気持ちにフタをしている自分が、逃げているようで情けないような気もしている。別に悪いことではない。気持ちを伝えないという選択肢だってあっていいはずだ。その選択肢を選ぶことも、間違いだとは言えないだろう。  ただ、自分の中で何かが腑に落ちていない。そのモヤモヤした感情は、お奉行様の見事な殺陣(たて)を見ても、スッキリとはしなかった。
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