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 怪談オールナイトの話の前に、ひとつしておくべき話がある。  七月は試験があるというのに、岡崎のことしか考えられない思考回路がギャンギャン鳴っていたのであまり勉強できていなかった。そんなわけで勉強に集中することにした。まあ、それが学生である俺の本分なのだが、若人なのだから恋にうつつを抜かすのも悪くないだろう。恋というのは恐ろしいもので、自分の理性など、どこかへ旅立ってしまう。ひとまず岡崎と話すことができたおかげで、あの思考回路はなりをひそめ、俺は学業に一時的に専念し、なんとか試験を乗り切った。優秀な成績かどうかは別として、単位を取ることはできたと思う。しばらくは俺も、あまり講義に出ていなかった岡崎も、グッタリしていた。  夏休みとなり、学業に励んだのだからご褒美があってもよかろう、と俺は前々から気になっていた花火大会に岡崎を誘ってみることにした。試験勉強中に花火大会の広告を見つけ、見た瞬間、岡崎の顔がぽんっと頭の中に浮かんだ。一緒に行ければさぞかし楽しかろう。それを目標にすることで試験も頑張れたが、いざ誘うとなるとめちゃくちゃ勇気がいる。しかし、俺たちは今、友だちなのだから気楽に、それはもう気楽に誘ったところで何もおかしなことなどありはしない。俺には好きなヤツとデートがしたいという欲望しかないのだが、一応俺たちは友だちなのだから、一緒に花火大会に行ったところでどうということもないし岡崎も何も思わないだろう、などと頭の中でぐるぐる考えながら、ありったけの勇気を振り絞って岡崎を誘った。  岡崎はそれこそ花火が舞い上がったような素敵な笑顔で「行く」と言ってくれて、嬉し過ぎてちょっと泣きそうになった。  花火大会のようなイベントに二人で行くのは初めてで、これぞまさしくデートと呼ぶに相応しい。しかし、俺たちは友だちであるのだからして、と興奮してしまう気持ちをなんとか抑えていた。  ああ、デート何着て行こう!  花火大会のために新調しようか、と最初は思ったのだが、めちゃくちゃ楽しみにしているみたいで恥ずかしい気もする。めっちゃ気合入ってんなと岡崎に思われたくない。自然な感じがいい。自然な感じにしたいのだ、だって友だちだもの。という考えに至り、俺は自分の持っている服の中で一番気に入っているTシャツとジーンズという、普段と変わらない格好で出陣した。  当日、居ても立ってもいられず、しかし早く着き過ぎるのもどうかと思い、前回よりも三十分遅い三十分前に待ち合わせ場所に着いた。もしかしたら岡崎も来ているのではないだろうか、と辺りを見渡したが今回は岡崎の姿はなかった。ちょっと残念、と思いつつ、日陰に入って持ってきていた文庫本を開く。本は面白く、気づくと待ち合わせ時間の五分前になっていた。  待ち合わせ五分前になっても岡崎は現れない。そこでふと、来ないかもしれない、という不安が鎌首をもたげてくる。男二人で花火大会に行くなんておかしいと、急に岡崎が思ったとしたらどうだろうか。そんなことを考え始めると、ぞわぞわと不安が身体中を侵蝕していく。  しかしそれと同時に、岡崎はそんなこと思わないという確信もあった。あんなに嬉しそうな顔をして花火大会に行くと言ってくれたのだ。そうだ。絶対にそんなこと、思いついたりもしないだろう。もし来れないということがあるとしたら、体調が悪いとか、急用ができてしまったとか、そういった類のはずだ。それは十分にありえるので、それはそれで不安になる。  時計を見る。まだ一分しか経っていない。本を読んでいる間はあんなに時間が経つのが早かったというのに。  泥のようにドロリとした時間が過ぎていく。本の続きを読もうとするが、文字を目で追うだけで内容が頭に入ってこない。岡崎に今どこにいるかLINEで訊こうかと思ったが、まだ待ち合わせ時間にもなっていないのにわざわざ訊くのもおかしな話だと思ってやめた。せっかちなヤツだと思われたくない。  しかし、待ち合わせ時間になっても岡崎は現れなかった。日時や待ち合わせ場所が間違っていないか確認したが、間違っていない。まさかのドタキャンか、とも思ったが、まだ待ち合わせ時間になったばかりだ。大丈夫。もっと岡崎を信じろ、と俺は自分の頬をビンタした。痛い。  しばらくして、このしばらくが長く感じたのだが実際は五分くらい。道の向こうから一際キラキラしたオーラをまとった人物がやって来る姿を肉眼が捉えた。ああ、岡崎だな、とすぐわかった。安堵のあまり膝が抜けそうになる。俺は全然読めない本を読むフリをしながら岡崎がやって来るのを待った。少し離れたところから、 「遥希くんっ」 と、息を切らした岡崎の声が聞こえたので、初めて気づいたようなフリをして顔を上げた。  俺は息を飲んだ。  岡崎は髪を少しだけ短く切っていた。前髪は短めで、眉がはっきりと見えている。それがなんともかわいらしい。また、おそらくこの日のために新調したであろう襟付きのシャツを着ていて、それが恐ろしく似合っていた。カーキ色のハーフパンツからは透き通るような白い足が伸びていて、ドキリとしてしまう。  めちゃくちゃおめかししている岡崎は、めちゃくちゃかわいかった。
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