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かわいいな。
嗚呼かわいいな、
かわいいな。
思わず某句をパクって一句詠んでしまうほどのかわいさに、俺は持っていた文庫本を落としてしまった。
「あ」
拾おうと手を伸ばしたところで岡崎の手に触れてしまう。ビリっと電気が走ったような気がして、思わず手を引いてしまった。ちなみに静電気ではない。この前めっちゃ手を繋いでいたときにはこんなことは起こらなかったのだが。
岡崎が本を拾って、砂埃を払ってから俺に渡してくれた。俺は岡崎の手に触れないように、恐る恐る手を伸ばす。
「ありがとう」
「ううん、ごめんね、待った?」
「え、いや、いやいやいや、全然、まだ待ち合わせ時間になったばっかじゃん」
「そ、そうだね。あの、なんか、髪がモサモサだったから切りに行ってたら時間かかっちゃってすごい焦ったー」
なんと。
切りたての髪なのか、岡崎。
わざわざ俺たちのデート、じゃないかもしれないけど、二人で会う前に切ってきたのか。何それ。どういうことなの。めっちゃ気合い入ってんじゃん。
いつものモサモサも似合うし、スッキリとした今のスタイルもすごく似合っている。
かわいいな、嗚呼……
…………。
いかん。
かわいすぎてまともに顔が見られない!
「と、と、とりあえず、電車乗ろうぜ」
俺は岡崎から顔をふいっと背けて駅に向かって歩き出した。
「う、うん」
岡崎がちゃんと後ろからついて来ていることを確認しながら改札へ向かう。俺も岡崎もICカードを持っているのでそれで通過し、目的地へ向かうホームへと進んだ。さすが花火大会が開かれるだけあって、ものすごいたくさんの人たちがホームにひしめいている。
あまりにも人が多く、はぐれてしまいそうなので気をつけなければならない。そうなると、自然と岡崎との距離が近くなる。横に並ぶ岡崎からいい香りがする。ドキドキして、尚更岡崎の方を向けない。しかし、こんなかわいい岡崎を見られないなんて、もったいなさすぎるだろう。そう思い、チラリと岡崎の方を見た。
やっぱりかわいい……のだけど、それよりも憂鬱そうな顔をしていることの方が気になった。
「どうした? しんどいのか?」
俺が声をかけると、岡崎はパッと笑顔になって首を横に振った。明らかに作り笑顔なのがわかってしまう。それにしたって岡崎の顔が近い。
「ううん、ちょっと人がいっぱいだから。苦手、なんだ」
そうだったのか。そうと知っていれば花火大会なんて誘わなかったのに。俺は後悔した。花火大会といえば鮨詰め状態になること必至。岡崎に負担をかけたくはない。
「ごめん、知らなかった。行くのやめよう、会場はきっともっとすごい人で溢れ返ってると思うし」
俺は改札に向かって歩き出そうとしたが、岡崎が俺の腕をつかんできた。ビリビリと身体が反応する。
「だいじょぶ! 楽しみにしてたから……」
まともに岡崎の顔を見た。俺と岡崎は背の高さはほとんどいっしょで、目が真正面でぶつかり合う。ただ目と目が合っただけなのに、腕をつかまれているだけなのに、身体に恍惚とした痺れが走る。
「お、おう、そうか。でも無理すんなよ。ヤバくなったらすぐ言えよな」
再び俺は岡崎から目を逸らし、前に向かって歩き出した。岡崎が後ろでうん、と呟いている。
そして岡崎はつかんでいた俺の腕を一度離すと、手を握ってきた。目の前が微かにチカチカと白くなる。こんなにたくさんの人がいるところでなんと大胆な。と思ったが、人が多すぎて逆に気づかれないかもしれない。俺はそっと握り返した。これなら、離れ離れになる心配もないだろう。
汗ばんだ岡崎の手と腕が、俺の手と腕に密着して、色っぽい気持ちになりそうになるのをなんとか抑えながら歩いていた。ドキドキし過ぎて俺の鼻の穴はふくらんでしまい、そんな顔を見せたくなくて、更に岡崎の顔を見られなくなる。嗚呼、もったいなさすぎる。
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