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ホームに滑り込んできた電車にはすでに人がいっぱい乗っていて降りる人も少ない。俺と岡崎は手を繋いだまま、なんとか電車に乗り込んだが、ホームとは比べ物にならないほどの人口密度である。俺は岡崎をなんとかドアの方へと引っ張っていって岡崎の前に立ち、岡崎の後ろに人がいないようにした。人ゴミが苦手なら、囲まれてしまうと辛いだろうと思ったからなのだけど。
なんだか、岡崎を壁ドンしているみたいな体勢になってしまった。できるだけ岡崎から身体を離すが、満員電車なのでなかなか難しい。
「ち、近いな。ごめんな」
チラッと見た岡崎はやはりかわいい。頬が桃色に染まっているのは暑いからだろうか。車内はクーラーで冷えてはいるが、人いきれでムッとしている。
「ううん、ありがとう」
ふわりと微笑んだ岡崎に、俺はハートを鷲掴みにされた。
「……へ? 何が」
「ボクが人多いとこ苦手って言ったから、端に連れてきてくれたんでしょ」
「……うん。平気?」
「うん、だいじょぶだよ」
あかん。いかん。これは。ちょっと待って。
かわええ!!!!!
岡崎を見てはいけない。俺は下を向いたが、岡崎の胸元が目に入り、それはそれで見てはいけない気がする。かといって目を前に向けると、かわいすぎる好きな人の視線が近距離攻撃的に俺の胸を貫いてくる。仕方なく横を向いた。すると、今度は岡崎の息が俺の耳にかかるではないか。
なにこれ、地獄?
「遥希くん、大丈夫?」
「うん……三駅だから耐えられるよ」
本当に? と自問したくなる。
なぜなら俺の中央に鎮座ましますお奉行様が、少しばかり熱くなってきているからだ。
この近さで好きな人と一緒にいるんだから、まあ、仕方ないよね。と諦められたらどんなによかろうか。そう、俺と岡崎は近い。近すぎるのだ。しかめ面して今にも鞘から刀を抜きそうな俺のお奉行様に岡崎が気づく可能性は極めて高い。
ええぃ鎮まれ、鎮まれぃ! 頼むから鎮まってくれ!! 人ゴミに興奮する変態だとでも思われたら死んでも死にきれん……。
何か別のことを考えて気を紛らわせねば。何か別のことを、と思うが、前にいる岡崎の存在が大きすぎて別のことなんか考えられない。
嗚呼、助けて、お奉行様!!
お奉行様がひとり、お奉行様がふたり!!!
と、俺が混乱し、お奉行様を羊の如く数え始めたところで、耳元ですうっと息を吸う音が聞こえた。
「遥希くんは花火大会、行ったことある?」
岡崎が話題を提供してくれた。俺は強張っていた身体の力が少しだけ抜けるのを感じた。
助けてくれたのはお奉行様ではなく、岡崎だったのである。
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