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「あるよ。でも、すっごい小さいときだから、あんま覚えてないんだ」 「そうなんだ。実家の近く?」  岡崎の息が顔にかかるが、俺は意識を思い出に集中させ、目を閉じる。 「うう、ううん。母方のじいちゃんが京都に住んでたんだけどさ」 「うん」 「昔、夏にその京都の家に行って、んで、お隣の琵琶湖まで連れて行ってもらって、それで見たらしい」 「そうなんだ」 「うん。なんとなく花火見た記憶があるくらいだけど」 「夏休みはさ、おじいさんの家、行くの?」 「いや、じいちゃんは俺が小学校上がる前に俺の家に来たんだ。そのときに京都の家は処分したって聞いてる」 「じゃあおじいさんと一緒に住んでたんだね」 「そうそう。それで、じいちゃんがめっちゃホラー好きでさ。その影響で俺もホラー大好きになったってわけ」 「そうだったんだ」  と、ここでホラーの話に移行しようかと思ったが、岡崎はホラーが苦手である。話してもつまらなかろうと、話を岡崎に振ってみる。 「岡崎は? 花火大会行ったことあんの?」 「うん。ボクは毎年行ってたよ」  思わず岡崎の方を見た。あ、しまった、と思ったが、岡崎は俯いて目を閉じていた。もしかしたら人が多いのが見えないようにしているのかもしれない。 「そうなん! すごいな」  俺がそう言うと、岡崎は目を閉じたままニッコリと微笑んだ。 「家から割と近いところでやっててさ。じっちゃに連れて行ってもらってた」 「へぇー。岡崎、おじいさんのことじっちゃって呼ぶんだな。なんか新鮮」 「そう?」 「うん。岡崎って全然なまらないじゃん。だからなんか、かわいいなって」  はっ、とする。  男が男にかわいいなどと言われて嬉しいだろうか。俺は嬉しくない。バカにされたと思われたかもしれない。ヒヤッとしたが、 「そ、そうかな」 と、岡崎は照れ笑いをしているように見える。気を遣ってるだけかもしれないが。 「なんかごめん。その、かわいいってバカにしたわけじゃないから」 「? なんで謝るの? 変なの」  気にしてなさそうなので安心したが、今後は注意しないといけない。あまり俺が岡崎のことを好きであることを表に出してしまうと、岡崎のことをバカにしてるみたいに捉えられかねない。 「いや、えっと。あ、岡崎もおじいさんに花火大会連れて行ってもらったんだな」 「うん、ボク、じっちゃとずーっと二人で暮らしてたから」 「え、そうなの?」  そういえば、岡崎とお互いの家族の話をしたことがない。一人っ子だということは知っているが、それくらいである。おじいさんと二人暮らしということは、ご両親はもしかして亡くなっていたりするのだろうか。いや、確かお母さんの話をしていたことがあったはずだ。何やら事情がありそうである。岡崎の閉じた瞼を見ると、長いまつげがはっきり見えた。岡崎がこちらを見ていないので、俺はじっくり岡崎の顔を見てしまう。  かわいいだけじゃなくて、きれいなんだよな。 「ボクの両親、ボクが産まれる前に離婚して、最初はお母さんと東京に住んでたみたいだけど、お母さんの仕事が忙しくて育児に手が回らないからって青森のじっちゃの家に行くことになったんだ。まだ赤ちゃんだったから何も覚えてないけどね。お母さんは毎日電話かけてきて、ボクとたくさんお話ししてくれたし、いつもボクとじっちゃのことを気遣ってくれる優しい人なんだ」  俺の思ったことを汲んでか、岡崎は自分の家の話をしてくれた。聞いたことのない話を聞くと、もっと聞きたくなる。俺は岡崎のこと、ほとんど何にも知らないのだ。家庭の事情に立ち入るつもりはないけれど、もっと岡崎のこと、知りたい。そう思ったが、今は花火大会へ向かう満員電車の中である。他の人たちはわいわい楽しそうに話していて、ちょっとうるさいくらいだ。しかし、これだけ満員だと俺らの周りの人の中には聞いている人もいるかもしれない。ここで話すような内容じゃないな、と思い、俺は話題を変えることにした。 「そっか。……青森、行ってみたいな」 「そう? 行くなら春夏かな」 「冬はやっぱり寒い?」 「それはもう! 雪がすごいから」 「あー。俺、寒いの苦手」 「でも部屋の中は暖かいよ。暖房効いてるし」  そんな話をしていると、あっという間に目的の駅に着いた。電車に乗っているほとんどの人が一斉に降りるので、俺は岡崎の手を取り、はぐれないようにしてホームに降りた。電車内はクーラーが効いていて涼しかったが、外は夏であることを主張するかのように暑い。そこここから「暑い」という声が上がる。その空気にプラスして、汗ばんだ人の身体が四方八方から押してくるのはかなり不快だ。俺は岡崎を振り返り様子を見たが、やはり辛そうである。 「駅を出たら、少し休憩しよう。な」  俺がそう言うと、岡崎はうん、と肯いて、柔らかい笑顔を一瞬見せてくれる。満員電車で俺の危機を救ってくれた天使のような笑顔はしかし、人の波に乗ることに必死ですぐに消えてしまった。俺が守らないと、と俺は岡崎の手をギュッと握りしめた。
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