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 駅には人が溜まっていて、駅員さんが拡声器を使って誘導している。割れていてよく聞こえない音を頼りに動く人の群れに押されるがまま、俺と岡崎はなんとか構外へ出ることができた。しかし駅の外も人、人、人で埋め尽くされている。どこか人の少ないところはないだろうかと辺りを見渡したが、見当たらない。仕方なく、俺たちは更に歩いて行った。  しばらく行くと、花火大会の会場へと続く道の両側に屋台がずらりと並んでいるのが見えた。屋台の通路には赤い提灯が吊られており、祭の雰囲気が一気に高まる。しかし、その通路は人の頭がウゴウゴと蠢く、恐ろしい人ゴミ地帯でもある。  屋台から少し離れたところにだだっ広い公園があり、そこはあまり人がいなかった。俺は岡崎をそちらへ連れて行き、どこか座れそうな場所はないかと公園内を見渡す。ベンチはどこもかしこも人が座っており、空いていないので日影のある適当なスペースを見つけ、そこに小さなレジャーシートを広げた。 「わ、準備がいいね」 「へへ。ちょっと休もう。疲れたわ」  腰を下ろすと、人心地がつく。まだ空は明るいが日は傾いており、周りに人があまりいないこともあって少しは涼しい。ふうっと息を吐くと、 「はい」 と、岡崎がお茶の入ったコップをこちらに差し出した。 「ありがとう。でも俺も飲み物持ってきてるから」 「これ、特別な麦茶なの。飲んでみて」 そう言う岡崎は顔からキラキラ光を飛ばしている。岡崎が自分で沸かしたお茶なのだろうか。 「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」  お茶はよく冷えた麦茶だった。これがまた、美味しい。 「ん! うまい」 「でしょ? うふふ」 「俺が飲んだ麦茶の中で一番うまいよ。岡崎が淹れたの?」 「うん、と言いたいところだけど、シェアメイトの人がデー……じゃなくて、持っていきーって、淹れてくれたの」 「そうなんだ。すげえなその人」  俺は喉が渇いていたことも手伝って、一気に飲み干した。すかさず岡崎がお代わりをいれてくれる。岡崎も自分のコップに麦茶を注いで、少し掲げた。 「カンパイしない?」 「お、いいね。じゃあ花火大会に」 「カンパイ!」 俺たちはプラスチックのコップをコンっと軽く当てて、やたらと美味しい麦茶を飲んだ。 「あぁー沁みるわ」 「美味しいねぇ」  チラリと横を見ると、岡崎がほっこりとお茶をすすっており、俺は安心した。満員電車で疲れ切ってしまわないか心配だったが、ひとまずの危機は脱したようだ。まあ、それは俺もそうなのだけど。あのとき、岡崎が話を振ってくれなければ、俺は俺のお奉行様を御しきれず、刀を抜いていたかもしれない。そう思うとゾッとしない。思い出すだけで冷や汗が出る。目の前の岡崎に刀を突きつけるという猥褻な行為が未遂で済んで本当によかった。いまやすっかり落ち着いている。嗚呼、麦茶が美味しい。  涼しい風が俺たちの間をすり抜けていく。汗が冷やされて気持ちがいい。少し離れたところの喧騒が運ばれてくる。人ゴミは勘弁だが、祭の雰囲気は楽しくて好きだ。屋台も少しは見てみたいが、あの人の流れが弱まることなどあるのだろうか。様子を見て水風船とかスーパーボールを掬いたいし、射的なんかもやりたい。  再び視線を横に向けると、ボーッとした岡崎の視線とかち合った。俺も岡崎も、はっとする。 「岡崎……」  岡崎が気まずそうに視線を逸らした。そして、麦茶をずずず、とすすっている。 「その髪型、よく似合ってる」  余裕が出てきたので俺はかわいい人を褒めたくなる。本来なら待ち合わせ場所で会ったときに言うべきことなのだが、あのときはあまりの煌めきに言葉を失ってしまったのだ。それはしかし紳士道にもとる。俺は岡崎には紳士として振る舞いたい。遅いかもしれないが、今ならまだ取り戻せるかなと畳み掛ける。 「その服も。雑誌のモデルみたいで、会ったときびっくりして声出んかったわ、はは」  岡崎の頬が桃色に染まり、さらに暖色を増して赤となる。 「そ、そ、そんなこと、ないよ」  恥ずかしそうに岡崎は俯いた。 「でも、あ、ありがとう」  こちらを見る岡崎の顔は嬉しそうに微笑んでいた。その顔を見られて俺も嬉しい。
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