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 花火大会の会場まで行ってしまうと人が多くて大変だが、少し離れたところからも花火は見られるという。俺たちは人の波が落ち着いたのを見計らって、屋台を見て回った。その中で、たこ焼き屋のおっちゃんがそのスポットを教えてくれたのだ。俺たちはお礼を言うと、たこ焼きと水風船と、スーパーボールと、射的で獲得した駄菓子を持って移動した。  花火大会は川沿いで行われるが、教えてもらった場所はその川沿いの通りより一つ東にある路地だという。川の土手を見上げることになり、若干見にくくはなるが、十分楽しめるとのこと。実際に行ってみると、車一台が通れるくらいの幅の道で、地元の人と思しき人たちがそれなりに場所を陣取っている。しかし、まだ人が入り込める余地は十二分にあった。塀の並んだ一画に俺たちはレジャーシートを広げて、そこに座った。そして、たこ焼きを食べ始める。  たこ焼きはソースとだし醤油が選べたが、俺たちはソースにした。マヨネーズと青のりもかかっていて、鰹節がたこ焼きの熱を受けてひらひらと踊っている。大玉なので刺してある爪楊枝では些か食べにくい。割り箸もついていたので、そちらで食べることにした。熱々のたこ焼きからは湯気がゆらゆらと上っている。俺は一度半分に割って、少し熱を逃してから食べようとする。猫舌なのだ。横を見ると岡崎も同じようにして、ふーふーとたこ焼きに息を吹きかけていた。俺たちはお互いの食べ方を見て、微笑み合った。  たこ焼きの中にはもちろん蛸と、紅生姜と葱が入っていた。それらにとろりとした生地が絡まり、外側のソースやマヨネーズとも合わさって抜群に美味しかった。熱を逃してもまだ熱かったので、思わず顔をしかめてしまう。たこ焼きの熱と格闘しながら、俺たちは声にならない声でたこ焼きの美味しさを賞賛した。外で食べる食べ物は美味しい。好きな人と一緒だと、美味しさは倍増する。  横を見ると、岡崎の口の端にソースがついていて大変かわいらしい。こういうとき、恋人同士であれば指で拭ったり、なんなら破廉恥だが舐めとったりというようなことができるのだろうが、いかんせん俺と岡崎は友だちであるからしてそんなことはできない。俺は岡崎にこそっとソースがついていることを伝え、自分の口の端を指でトントンと叩いた。ありがとう、と言いながら岡崎は恥ずかしそうにティッシュを取り出して口を拭っている。そのソース、俺が拭いたかった、とちょっと思う。 「ねぇ、取れた?」  岡崎がずいっと顔を俺の方に突き出してきた。ソースは完全に取れている。そんなことより、無防備にそのかわいらしい顔を向けてきた岡崎に、俺は引き寄せられそうになる。  この距離、この角度。  恋人だったら口づけしてもおかしくない。そう、恋人だったならば。もし岡崎が俺の恋人だったら、間違いなく俺は岡崎と唇を重ねているだろう。  しかし、友だちなのだからして——  胸が、ギュッと、ギュッとなる。  俺たちは友だちだ。ということはいつか、岡崎に彼女ができることもあるだろう。そうなったら、岡崎はその彼女と恋人同士でしかしないあんなことやこんなことをするに違いない。だって恋人なのだから。俺には絶対にできない、あんなことやこんなことを。 「は、は、遥希くんっ、ちちち近いようっ」 「……取れてる」 「え?」 「ソース、ちゃんと取れてるよ」  心の中に冷たい風が吹く。今すぐに岡崎を抱きしめて、他のヤツらになんか触らせないようにしたい。俺だけのものにしたい。そんな感情が湧き上がり、手を岡崎の顔にそっと伸ばした。  しかし、岡崎はその手を避けるように自分の鞄をごそごそやり始めた。そして水筒を出すと、 「麦茶、いる?」 と、いつもの柔らかい笑顔をこちらに向けて訊いてきた。俺だけじゃなくて、他の友だちにも見せる、いつもの表情で。
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