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          ◯  夏の陽射しがプールの水に反射して、キラキラと光っている。遥希(はるき)は水に潜り、中から水面を見上げた。光が波打っていくつもの歪な輪を作り、ゆらゆらと輝いている。それがとてもきれいで、遥希は感動した。  すごい、こんな風に見えるんだ、大発見!  水中から顔を出すと、すぐそばにいた理人(まさと)にこの大発見を伝えた。 「理人くん、水ん中から上見るとすんごくキレイだよ!」  遥希の興奮をよそに、理人は暗い顔をしている。よく見ると、青ざめているようにも見える。 「なに、どしたん? しんどいの?」 「………オレ、水苦手で潜れない」  理人はビート板にしがみついていた。ただしがみついているだけで、何もしていない。プールに入っている他のクラスメイトたちははしゃいで、潜ったり、水をかけあったり、泳いだりしているというのに。浮かない顔をした理人はため息をついた。 「早く終わらねえかな」  夏恒例の水泳の授業を毎回楽しみにしている遥希にとっては、この時間を楽しむどころか苦痛に感じている人間がいることが衝撃だった。 「マジか。何が嫌なん?」 「泳げないし」 「うん」 「水に顔、つけらんねぇ」 「そっか」  じゃあさ、と遥希は理人に向き直る。 「練習してみようぜ、顔つけられるように」 「はぁ? いいよ、そんなん」  煙たそうな顔をして理人は二、三歩後ろへ下がった。しかし、遥希はその距離をすぐにつめる。 「まあまあ。とりあえずそうだな、顔、洗ってみようぜ」  そう言って、遥希は両手で水をすくうと自分の顔にばしゃばしゃとかけた。ほら、と促すと理人はますます嫌そうな顔をする。 「ほら、ビート板、持ってるからさ」 「やめろよ、溺れたらどうすんだよ」 「大丈夫だよ、ここ浅いから足つくだろ」  遥希は理人からビート板をそっと離すと、慌てた理人は遥希の肩をつかんだ。理人は身体が冷えているのか、手が冷たい。近くで見る理人の唇は紫色になっていた。 「やってみ? 顔、洗うだけだから」  嫌そうな顔のまま、理人は遥希の肩をつかんだまま、もう片方の手でそっと顔に水をかけた。ほとんど水は手からこぼれ、ただ手を頬に当てただけだったが。 「そうそう。もうちょっと水の量、多くしてみて」  遥希が励ますと、理人は先ほどより気持ち多くすくった水を顔にあてがった。それを繰り返すうちに、少しは慣れてきたのか、理人は遥希の肩から手を離し、両手で水をすくって顔につけ始めた。ほとんど水が手からこぼれてしまっていても、遥希はそうそう、と理人を励ます。理人は遥希の狙い通り、励まされて水の量を増やしていく。ついに両手いっぱいにすくった水を顔にかけると、理人は嫌そうな顔をして再び遥希の肩をつかんだ。 「やっぱ無理。水、マジで無理」 「そんなことないよ。今めっちゃ顔に水かけられたじゃない。すごいよ」  遥希がそう言うと、理人は少しだけはにかんだ。  先生が笛を吹き、甲高い音がプールに響いた。プールから出ろという合図だ。遥希は理人に肩をつかまれたまま、理人と一緒にプールサイドまで歩いて行った。
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