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すると、担任の川瀬が、わざとらしく溜め息をついたり首を鳴らしたりしながら教室に入ってきた。相変わらず生徒への威嚇の仕方が古くさい。諸々の形骸化したホームルームという儀式がようやく終わった。僕は、お辞儀をした瞬間にリュックを背負って一番に教室を飛び出した。
階段を駆け下りて下駄箱を抜けると、右手には野球部やサッカー部が使うグラウンドがあって、左手にはテニスコートと広場、そして校門がある。僕は迷わず左に曲がる。ふと、テニスボールが壁に当たって跳ね返る軽快な音が聞こえて来る。どうしようもなく気になったので、テニスコートの方を覗いてみると、四組の佐藤が一人で自主練をしている。ラケットを振るたびに、その髪があちこちに舞って、また纏まった。丈の短いスカートからは、たわわな脚が姿をのぞかせている。僕は佐藤とは幼馴染みであったが、ほとんど喋ったことはない。この前、ようやく話しかけられたと思ったら、「ねえ、これ届けといて」と言われて、彼女が運ぶはずの連絡帳を渡されただけだ。ああ、もちろん僕は運んださ。だが次の日会ってもお礼はなかった。百歩譲ってそれもいいとしよう。だが、それをさしおいて渡辺と仲良さげに話すのだけは許せない!
悔しかったので、校門を出て、走って家に帰った。
家には母親がいた。僕は母親には感謝している口だが、今日は親に優しくされたところでイライラするだけだ。あの我が子を心配するときに奏でる甲高い声ほど疎ましいものはない。さあ、このもどかしい気持ちをどこにぶつけようか。しかし、なんで彼女は渡辺なんかと仲良く話すのだ!僕の方が彼女に相応しいに決まっているのに。ふと「寝よう」と思った。こういう時は性欲か睡眠欲を発散するしか方法はない。残念ながら母親が家にいるので、よって僕は寝るしかないのだ。
外は夕暮れだ。分厚い雲は橙色に染まっていて、二、三羽のカラスが森の方へと帰って行った。怒りと暑さで寝苦しいが、ベッドを下りて床に伏してみると、冷涼な風が吹き込んできて、思いの外早く眠気がやってきた。意識が朦朧としてきたと思って瞼を閉じると、眠りについた。
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