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第1話:報われなかった日
――――今、人生で最悪な時だった。
「うっ……本当に……アヤッチは亡くなったのか……」
俺ことを市井ライタは、絶望の悲しみの事実をようやく受け入れていた。
大好きなアイドル……その中でも最も応援していたアイドル少女“アヤッチ”こと鈴原アヤネの突然の急死。
その衝撃すぎる事件をようやく受け入れたのだ。
「ああ……アヤッチ……本当に亡くなっちゃったのか……」
スマホで芸能ニュースサイトを見ても、アヤッチの葬式のことが載っていた。
彼女の属した五人組のグループは本格メジャーデビュー目前だったため、マイナー界隈でもけっこうな人気があった。
『では、次のニュースです。お笑いタレントの……』
だが次の瞬間にはテレビは、次の話題へと移る。
オレにとっては何よりもつらい訃報も、大きな芸能界においてはたった数秒だけのニュースなのだ。
「どうして、こんなことに……オレの最悪な人生を救ってくれたアヤッチが亡くなってしまったんだ……」
今から数年前、俺は高校二年生時の交通事故で、自身の右足と家族全員を失った。人生は失意と地獄の日々となった。
だがそんな地獄を救ってくれたのは、動画サイトで偶然目に入ってきた一人の少女、デビュー前のアヤッチだったのだ。
『こ、この子はこんなに頑張って、こんなに輝こうとしているのに……オレはいつまで不幸に浸っているんだ⁉ 立つんだオレよ! 立ち上がるんだ!』
お蔭でオレは立ち直ることができた。
過酷なリハビリや精神セラピーも克服して、高校を無事に卒業。就職もできて社会人として独り立ちができた。
「ああ……あの頃は本当に、楽しかったな……」
アヤッチの応援を起点にして、オレはアイドル各種の応援の世界にどっぷりハマっていく。
アルバイトや社会人での稼いだ給料のすべてを、アイドルを推すために使っていったのだ。
義足で不自由ながらも、色んなアイドルのライブに参加。遅れてきた青春を謳歌していた。
もちろん、そんな中でも最も推していたのはアヤッチ。彼女の所属グループのライブには、必ず毎回参戦していた。
――――『みなさん、発表があります! 私たち今度、メジャーデビューすることが決まりました!』
そして今から一週間ほど前、アヤッチから重大発表があった。彼女の属するグループのメジャーデビューが正式に決まったのだ。
これにはオレも自分のことのように大歓喜。まさに不幸な人生の中で、最高に幸せな瞬間だった。
「でも……アヤッチは……」
つい先日、謎の死を遂げてしまう。
現実を受けいれることできず、オレは悲痛な日を過ごす。
今日の彼女の葬儀のニュースを聞いて、ようやく彼女の死の現実を受け入れたのだ。
「はっはっは……ああ……オレもヤバイな、このままじゃ……」
今オレは病院の個室のベッドの上に横たわっていた。
アヤッチの訃報を聞いた当時に、オレも目まいが起きて倒れ緊急入院。
診断の結果、高校時代の交通事故の後遺症で、脳の爆弾が再発した危険な状態だった。
「ああ……こんなことなら、もっとアヤッチのことを応援すればよかったな……いや、あの事件や、あのトラブルの時に、アヤッチを助けてあげたかったな……」
病床でふと、大きな後悔の波がおし寄せていた。
彼女の所属していたグループは、今まで何度か大きなトラブルに巻き込まれていた。
警察の捜査発表によるとアヤッチが謎の死を告げたのは、その時のトラブルが原因の可能性が高いという。
「う……でも、オレは無力な一般人……彼女のことを助けてあげることなんて、無理だったんだよ……」
後悔と無力感。
喪失感と焦燥感。
色んな負の感情が混濁して、急に目の奥から熱いものが込み上げてきた。涙腺が崩壊して、大粒の涙が溢れ出てくる。
「オレに彼女を助ける力や立場あったら……もしかしたらアヤッチを助けることができたかもしれないのに……」
オレの知らないところで事件やトラブルに、彼女は苦悩していたのだろう。
結果としてオレ自分が一人だけ頑張っても、何も結果は変わらなかっただろう。
だが当時、何も行動しなかった自分に後悔してしまう。
「あっ……あれ?」
虚しさと後悔が原因だろうか?
急に全身に力が入らず、胸の鼓動も変になってきたような気がする。
ピー! ピー! ピー!
病室の医療機械が警告音を上げ始める。
病室で寝たままの俺の身体に繋がっている機械からだ。
何か異常でもあったのだろうか?
ピー! ピー ピ…………
でも、その大きな警告音ですら、だんだんと聞こえなくなってきた。
俺の聴覚が失われてきたのだろうか。
更に頭の中がキーンとしてきた。
(ああ……そういうことか……俺は“死ぬ”のか……ついに……)
交通事故の後遺症で、俺は脳に完治できない後遺症を抱えていた。
先日、看護師さんの立ち話を盗み聞きした内容によると、ここ数年間も生きていたことが奇跡的だったらしい。
死の間際の今となって理解した。
自己分析すると、俺はアイドルやアヤッチに対する愛情と執念だけで、今日まで生き延びてきたのだ。
だがアヤッチの訃報と葬儀が行われた現実的に受け入れた。
生きる希望だった彼女の死を受け入れたことで、俺の命の火も消えかけようとしていたのだ。
(悔しいな……本当に悔しいな……)
もはや声を出すこともできなかった。
だが強い後悔の感情だけは、身体から魂から込み上げていた。
(もしも生まれ変わったら……いや、次にどんな人生になっても……次こそはアヤッチを……愛するアイドルを守ってやるんだ……どんな手段を使っても……うっ……)
――――そう決意した瞬間だった。
“眩しい光”が天から差し込んできた。
これは普通の光ではない。
――――そう、つまり“普通の光”ではないのだ。
(ああ、きたのか……お迎えが……)
こうして俺は不遇な人生を、後悔に涙したまま幕を閉じるのであった。
◇
◇
◇
◇
それから長い間、空白の時があった。
いや、ほんの一瞬だけの空白だったのかもしれない。
◇
◇
「……お……おに……お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
「ん? へっ?」
次の瞬間、気がつくと、若い女性の声が耳に響き渡っていた。
看護婦さんの声とは違う。
もしかしたらこれは夢であろうか?
それとも天国で天使の声なのだろうか?
いや、天使の声にしては荒っぽい。
あと聞き覚えのある肉親の声だ。
「夢? 天国? 何寝言をいっているの、お兄ちゃん? さっさと起きてよ!」
「痛てて! えっ? ユキ? お前、どうして、ここにいるんだ⁉ やっぱり天国なのか、ここは……」
目を開けた先にいたのは、妹のユキ。
血の繋がらない一個下の妹だけど、再婚により幼稚園の時から同居。
だが彼女も交通事故によって、今は両親と共に天国にいるはずなのだ。
ん? というか、どうしてユキの顔が小学生の低学年の顔なんだ?
もしかしたら天国にいったら、小学生の時の姿になるのか?
「ん? 右足が……ある⁉」
ふと自分の足に視線を移して、言葉を失う。義足ではない完全な肉体の右足がちゃんとあるのだ。
高校生の時の交通事故で完全に切断されていたはずなのに?
というか、俺の身体も小さくて細すぎる。まるで小学生に戻ったかのようだ。
やはり死後の夢なのだろうか?
「ちょっと、お兄ちゃん! なにを意味分からないことを言っているのよ⁉ 早くしないと学校に遅刻しちゃうよ⁉」
「へ? え? 学校? って、誰の? もしかして天国にも学校に通わないといけないの?」
「はぁ? なに冗談を言っているのよ⁉ 私とお兄ちゃんの小学校に決まっているじゃない!」
「えっ……俺……の。えっ? こ、これって、もしかして⁉」
まさかのことが起きた。
まるでラノベのような出来ごとが。
失意と後悔のまま死んだ俺は、自分の小学時代に逆行転生していたのだ。
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