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第25話:初対決
初ドラマ出演のシーンが始まるが、予想外のことが起きる。
『タクロウ、お前という奴はぁああ⁉』
主人公アキラ役の三菱ハヤトが、台本とは違う演技を。タクロウ役のオレに向かって迫ってきたのだ。
『オレの大事な幼馴染の絵里を、ペットにするだと⁉ そんなことは絶対に許さない!』
三菱ハヤトはいきなり胸ぐらを掴んでくる。明らかに台本とは違う動きだった。
(これは……どういうことだ? 台本が急に変更されていたのか? もしくはセリフの間違いとか?)
監督やカメラマンたちの反応を、横目で瞬時に確認してみる。
だがスタッフの人たちに動揺した反応はない。つまり事故や間違いではないのだ。
(それじゃ、どういうことだ? ん? あっちの方が、何かザワついているぞ?)
スタッフの後方で見学している人の中に、“妙な反応”を発見する。彼らは撮影の見学をしている共演者たちだ。
「……なぁ、ハヤト様のアレって?」
「……ああ、そうだな。いつもの新人イビリが始まったんだぜ」
「……あああ。可愛そうに、あの代役の奴、対等できずに混乱してNG出すぞ」
「……はっはっは、弱小事務所の雑魚にはいい薬になるな」
撮影中ということもあり、彼らの会話はこっちまで聞こえてこない。
だが幼い時から芸能人になるための鍛錬の一環として、オレは読唇術の技術も磨いてきた。
彼らの表情を読む技術と合わせ、会話の内容を推測できるのだ。
(なるほど、そういう意図があったのか……)
今の状況が把握できた。
この三菱ハヤトはわざとセリフを変えて、オレに演技で突っかかっているのだ。
理由は共演者たちが嘲笑しているように、目ざわりで弱小事務所なオレを潰すために。
(ふう……このスタッフの雰囲気だと、今までも日常茶飯事に行われているんだろうな……こういうのは)
今作は業界最大手事務所である《エンペラー・エンターテインメント》が主体の作品で、三菱ハヤトは事務所一押しの人物。
そのため多少の彼が暴走しても、走監督たちスタッフは目をつぶっているのだろう。
彼ら大人にとって大事なのは『いかに《エンペラー・エンターテインメント》と三菱ハヤトの機嫌を損なうことなく、いち早く撮影を完了させること』が重要なのだ。
……ハッ!
そんなことを推測していると、目の前の“三菱ハヤトが視線で圧”を発してきた。
カメラにちょうど映らない死角を使い、まるで『オレ様の演技に対応できずに、あたふたしてNGを出して潰れろ、この雑魚め!』と蔑んだ目で、圧を加えてきたのだ。
(絶体絶命の状況……か、今のオレは……)
目の前の主役から、明らかな妨害を受けている。
更に周囲は敵だらけで、大人スタッフも全て相手側についている。
唯一の仲間は、遠くから心配そうに涙目になっているチーちゃんこと大空チセひとりだけ。
まさに絶体絶命の危機だ。
(ふう……これが芸能界の厳しい世界か。なるほど、勉強になるな!)
だが芸能界が厳しい世界なのは、最初から想定していたこと。むしろ初シーンで試練を与えてくれたことに感謝しかない。
(さて、ここかどうすれば最良なのか? このままオレが対応できずにNGをかけた皆に迷惑をかけてしまうな……よし、それならオレもアドリブでいくか)
さっきまでは『共演者の低い演技力よりも上だけど、三菱ハヤトよりは高くない演技力』を心がけていた。
共演者に迷惑をかけないように、暴走癖のある自分にセーブをかけていたのだ。
だが今は相手もアドリブで仕掛けている。
つまりセーブをかける必要がなく、“いつもの自分の演技”をしてもいい状況なのだ。
(よし、それなら……少しだけ“潜って”演技を返そう……)
自分の中を真っ白にして、今回の脚本のイメージをインストールしていく。
“タクロウ”という役の根幹を掘り下げていく。
――――◇――――
『裏切り地獄教室』のタクロウ……
彼はクラスの中ではずっと蔑まれてきたカースト最底辺の男だ
イジメてくるカースト上位の奴らのことを、殺したいほど憎かった毎日だった
だからデスゲームが開幕した時は、彼は心の奥底から歓喜した
このゲームでは今までのカースト制度は関係ない。
頭脳を有し、欲望がより強いものが、全てを手に入れる権利があるのだ
だからタクロウは……“ボク”はクラス内でも優しかった絵里ちゃんを、このチャンスに……
ああ、アキラ。
お前はボクのことをイジメなかったから嫌いじゃなかった。
けど、お前がいると邪魔なんだ……
ボクと絵里ちゃんの二人だけの世界を築くためには……
だからアキラ。
このデスゲームではお前を殺さなきゃ……越えなきゃいけない存在ななんだ、お前は!
だからこの絵里ちゃんは預かっていく。
返してほしかったら科学室まで、アキラお前が一人でこい!
――――◇――――
タクロウというキャラは映画版では嫌われ役で、モブ役だ。
モブなために出番があるのは今回のシーンと、次の“タクロウ科学室での死亡”の二つのシーンだけ。
だがタクロウは実は“深い闇”を抱えていた人物だった。
原作でも辛うじて描写はあったが、そこまで深く掘り下げて描かれてはいない。
しかし脚本と台本を深く読み込んでいけば、タクロウという人物の本来の姿を見つけることが可能。
――――だから深く潜れたオレは、“本来のタクロウ”を演じることができたのだ。
◇
『タ、タクロウ……お前という奴は……!?』
ん?
あれ?
ふと気が付くと、目の前で三菱ハヤトがたじろいでいた。
なんと、彼は演技中だった
台本と違うセリフを、彼は口にしていたのだ。
いったいどうしたのだろう?
チラりと横目で周囲の状況を確認してみる。
「「「…………」」」
あれれ?
撮影スタジオの空気もおかしいぞ。
監督をはじめとするスタッフが、誰もが絶句しているのだ。
「…………!?」
カメラマンも辛うじて撮影したままだが、どうすればいいのか固まっている。
とにかく気がついたら、誰もが異常な状況になっていた。
(ん? 何があったんだ? あっ……しまった、そういうことか⁉)
ふと冷静になって、気が付く。
(そうか……オレは深く潜りすぎて、また暴走しちゃったのか⁉)
前回のCMの撮影の時と同じだった。
役のことを深く掘り下げてしまったことで、自分の身体が勝手に演技を開始。
本来の姿の“タクロウ”としての演技を……でも台本とはまったく違う解釈タクロウを、無意識なオレは演じてしまったのだ。
結果として『タクロウが絵里を科学室に連れ去っていく』という台本通りの演技は、辛うじてできていた。
だがタクロウの途中までの演技は、脚本無視の超アドリブだったのだ。
(ああ、これはやってしまった。共演者に迷惑をかけちゃったな……)
前回のCMの時と違い、今回はたくさんの共演者がいる。
オレが暴走演技したことで、今回は間違いなくNGカット。間違いなく撮り直しになってしまうだろう。
固まっているスタッフ共演には、本当に申し訳ことをしてしまった。
「…………あっ⁉ カ、カットぉお!」
今まで固まっていたスタッフが、急に我に返り動き出す。
シーンの撮影終了を告げる合図を、鳴らしてくれたのだ。
「「「あ、ああ……⁉」」」
合図に反応して、ようやく監督たちも我に返る。
だが誰もがキョトンとしていた。
まるで『とんでもない演技を見せられて、時間を止める魔法にかかっていた』ような感じだ。
(監督さんたちのあの顔は……ああ、ヤバイな……)
監督を中心にして、スタッフが急に集合をし出す。何やら深刻そうな顔で話し合いを始める。
おそらく今のシーンをNGにして、撮り直すことを決定するのだろう。
「えええと……出演は聞いてください! 次の別のシーンの撮影の前に、急遽スタッフミーティングをするので、皆さんは少し休憩してください!」
だがスタッフから指示されたのは、緊急スタッフミーティングを開催すること。今のシーンの是非について話し合うようだ。
「……ええー、また休憩すんのー?」
「……でも、今のシーンって、誰がどう見ても、撮り直しでしょ?」
「……だよなー。あのオタク野郎が暴走したおかげで、こっちはいい迷惑だぜ!」
共演者たちはオレのことを睨みつけながら、休憩に入っていく。俳優経験の少ない彼らは何が起きているか、まった理解できていない様子だ。
「…………お前……」
そんな中一人だけ、オレに対して違う反応をしている共演者がいた。
「お前……“今の演技”は⁉ いや、今のは本当に演技だったのか……!?」
それは主役アキラ役の三菱ハヤトだった。
まるで『信じられないようなモノ』を見るような目つきで、オレのことを凝視してくる。怖いほど真剣な表情だ。
(ああ、これは……やっぱり怒らせてしまったな⁉ やばい……間違いなくオレは降板させられるな、この雰囲気は……)
今回のドラマで、三菱ハヤトの権力は絶大。おそらくキャスティングにも口出し可能なのだろう。
つまり彼が気に入らない共演者は、間違いなく首をすげ替えられてしまうのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
オレがクビ宣告に怯えている最中も、ざわつく監督たちのスタッフミーティングが行われていた。
「ハ、ハヤト君、ちょっと確認して欲しいことがあります!」
深刻そうな顔のスタッフが、三菱ハヤトを呼びに来る。ミーティングに参加を促していた。
「はい……今いきます」
三菱ハヤトは深刻な表情のまま、スタッフに付いていく。彼はそのままミーティングに参加。
クビ宣告間近のオレは、一人で遠目に見守る。
先ほどのシーンの最終確認を、三菱ハヤトはしている雰囲気だった。
怖いけど……読唇術でおそるおそる会話の内容を盗み見てみよう。
「……実はハヤト君、今のシーンを『使う』か『使えない』の意見が、スタッフの中でも真っ二つに分かれていているのだ……」
「……何しろ、キミと“タクロウ役の彼”の演技は、かなりアドリブで進んでしまったが、結果として二人とも素晴らしいシーンが撮れたからね……」
「……このままでいくか、いかないか、我々でも判断が難しいのだよ……」
どうやら雰囲気的に監督たちは迷っているらしい。
理由はよく分からないが『オレの演技がかなり高く評価』され、『相乗効果で三菱ハヤトの演技も高まっていた』ような感じなのだろうか?
「……だから主演のキミの判断を聞きたいのだ? プロとして意見をね?」
だから監督は三菱ハヤトに最終判断を仰いでいた。
今回の作品の王様である男に、決定権を委ねているのだ。
(ああ……これでオレの首は確定か……)
遠目で、そう覚悟した時だった。
「……自分は……OKです、監督」
驚いたことに三菱ハヤトはOKサインを出す。
何やら意味深な顔をしながらも、今のシーンに納得していたのだ。
「ありがとう、ハヤト君。おい、次にいくぞ」
「はい、監督。えーと、出演者の皆さんへ連絡です! 休憩は終わりです! 次の場面の撮影に入ります! 出演者の方はスタンバイお願いします!」
最終的な了承がでたところで、スタッフは慌ただしく動き出す。
場面が変わる次なるシーンの撮影となったのだ。
(ふう……良かった。どうしてOKが出たか謎だけど、本当によかった……)
NG撮り直しがなかったことに、クビ宣告が皮一枚で残ったことに、心の中で深い息を吐き出す。
とにかく自分の勝手な暴走のせいで、全員に迷惑をかけなかったことが、なによりも嬉しい。
(さて……今のがOKということは、今日のオレの撮影シーンは、これで終わりか。さて、帰る準備でもするか……)
モブ役タクロウの出番は全体的に多くはない。
メインキャラクターの他人たちはこれから夜遅くまで撮影があるが、オレは解散となるのだ。
私服に着替えて、帰宅準備をしていく。
「さて、あとはミサエさんを探して、車に乗せてもらおう。どこにいるのかな?」
帰宅準備を終えて、専務兼ドライバーのミサエさんを探す。
たぶん校舎のどこかにいるはずだ。
撮影の邪魔にならないように、校舎をウロウロして探していく。
「あっ、いた!」
裏口にミサエさんの後ろ姿を発見。他のマネージャーさんと雑談をしている最中だ。
オレは小走りで向かっていく。
「ミサエさーん! あっ⁉ やばい⁉」
ちょうど、廊下の曲がり角で、誰かにぶつかりそうになる。
慌てて急停止。なんと事故は回避できた。
「ご、ごめんなさい! ん? あれ……あっ⁉ ハヤト……君⁉」
ぶつかりそうになったのは長身のイケメン俳優、三菱ハヤトだった。
「お前は……!?」
向こうも驚いた顔をしている。
「ご、ごめんなさい! 以後気を付けます! それでは失礼します!」
さっきは許してくれたけど、三菱ハヤトを怒らせるのは、自分の事務所に迷惑をかけてしまう。
深く頭をさげて謝罪。相手の神経を逆なでしないように立ち去ることにした。
「おい、待て、キマサ!」
だが肩を掴まれ、強引に、呼び止められてしまう。
「えっ……はい?」
ああ……これはマズイ。
きっと先ほどの暴走の演技の件を、今怒られてしまうのだろう。ここなら他の誰の視線もないからね。
うっ……怖い。きつい罵声を浴びせられることを、心の準備をしておく。
「お前は……名は?」
だが彼の口から出てきたのは、意外な言葉だった。なぜかオレの名前を聞いてきたのだ。
「へっ? えーと、市井ライタと申します。ビンジー芸能所属の」
「ビンジー芸能の市井ライタ……か。覚えておく。次のシーン……科学室でのシーンでは、“オレ様の本気の演技”を見せてやるからな、覚えておけ、この雑魚がぁ!」
「えっ? ん? はい、こちらこそ次回の撮影はよろしくお願いいたします!」
まさか相手の言葉に混乱しながら、オレは再び挨拶をして立ち去っていく。
何故なら三菱ハヤトはモブ役の顔や名前を覚えない、とても自己中心的な人。
だが、たった一度の共演していないオレの名前を、わざわざ聞いてきたのだ。
(今のいったいどういうことだろう? まぁ、気まぐれなのかもしれないし……あまり気にしないで、次の撮影は暴走しないように気を付けよう!)
こうして初ドラマの初シーンの撮影はトラブルが起きたが、なんとか無事に終わる。
◇
◇
――――そして初シーンの撮影から二週間が経つ。
オレが出演したシーンが、ついに最新話としてネット配信されたのであった。
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