25人が本棚に入れています
本棚に追加
第26話:初シーンの後に
初シーンの撮影から二週間が経つ。
オレが出演したシーンが昨日の夜、最新話としてネット配信された。
「うう……朝か……」
今は翌日の早朝。
ベッドの中で昨夜のことを、ふと思い返す。
「ふう……撮影から、たった二週間で配信か……地上波のドラマに比べて随分と早いな、この作品は?」
ミサエさんの話によると、今回の予算が少ない作品。撮り直しの少ない現場で、編集も簡素化されたもの。
スピード勝負でどんどん配信していく、俗に言う雑なスタイルだという。
「まぁ、これも今の時代風なんだろうな」
昔のドラマはかなり前から撮影をして、入念な編集をして放送していたという。
だが今は地上波よりも、ネット配信の方が右肩上がりの時代。ライブ配信のアプリやサイトの方が人気だった。
そのためドラマ撮影方式も、どんどんと進化している最中なのだろう。
「さて、今日も頑張るとするか」
冷静になったところでベッドから身体を起こして、学校に行く準備をする。
堀腰学園の制服に着替えて、一階のリビングに降りていく。
「あっ、ライタ、おはよう。今日はトーストでいいかしら?」
「おはよう、母さん。うん、ありがとう」
オレは朝からガッツリ多く食べる派。
義母の焼いてくれたトーストに、目玉焼きとベーコンを挟んで、一気に口にほおばってく。
おっと。朝の貴重な時間が惜しいので、このまま牛乳で流し込もう。
「そういえば……ライタの出たドラマ見た話わよ!」
「⁉ ブ――――! えっ、えっ、母さん、見たの⁉ オレのドラマを⁉」
まさかの義母からの言葉に、思わず牛乳を吐き出しそうになる。というか、少しだけ出てしまった。
「そりゃ、もちろんよ。だって可愛い息子の初仕事なんだから、ライタの出ているシーンはパパと何回も見たわよ」
前回のヘッドフォンのCMのことは、家族にも内緒にしている。そのため今回のドラマが、家族内でもオレの初仕事となっていた。
「そ、そうだったんだ……もう、恥ずかしいな……」
一応はプロの俳優デビューはしたけど、家族に自分の演技を見られるのは恥ずかしい。
更に面と向かって感想を言われた日には、羞恥心で顔から火が出てしまうだろう。
「あと、ママ友のグループラインにも、後でドラマのことを教えておこうかしら? 小中の頃の同級生も、きっとビックリするわよ」
「ちょ――――ちょっと、母さん⁉ それだけ勘弁してよ⁉ ま、まだチョイ役だから、そこまで話を大きくされたら、恥ずかしいから! ほら、ほう少し有名になってからの方がいいと思うよ、オレも?」
近所にいる小中の同級生に知られたら、それこそ何を面と向かって言われるか分からない。何としてでも阻止しないと。
「あら、そうなの? それじゃ、グループラインで教えるのは、もう少し後にするわね。残念ね……」
ふう……なんとか最悪の状況は阻止できた。
だが、まだ油断はできない。
義母さんのこの舞い上がりようだと、ちゃんと釘を刺しておいかないと危険だ。
このままだきっと、近所のスーパーのレジの人にも『聞いてくださいよ、実はウチの息子がドラマに出演したんです!』と話を広げていきそうだ。
「ふう……なんか予想以上に恥ずかしいな、母さんに見られると」
義母に全ての口止めをしておく。なんとか一息つく。
「お兄ちゃん! もちろんユキも見たよ!」
「えっ――――ユキも⁉」
だが新たなる家族が乱入してくる。一歳下の義妹のユキだ。
「大好きなお兄ちゃんの初仕事だから、もちろん見るに決まっているじゃん! お兄ちゃんのシーンは昨夜で、もう百回以上はリピートしたんだから!」
「あっはっは……そうだなんだ」
ユキはもう中学三年生だが、昔から兄離れができていない困った妹。
可愛い外見で、中学でもモテているみたいだから、もう少し女の子らしく欲しいものだ。
そんなことを思っているとユキと義母さんが、ドラマについて感想を言い始める。
「ああ、それにしてもお兄ちゃん、本当にカッコイイ演技だったよね、ママ?」
「そうね。お母さんは演技のことはよく知らないけど、あの中だとライタが一番上手に見えたわ」
「うんうん、さすが私たちのママ、見る目があるね! あっ、でも、あのドラマの編集は最悪だったかも。だって、お兄ちゃんの演技と顔の部分が、意図的にカットされていたよ! そう思わない、ママ⁉」
「あら、そう言われてみれば……たしかにライタとのやり取りでも、主人公の子の方がアップにされていたわね?」
「実際にそうなのよ、ママ! あんな“三菱なんとか”っていう不細工な主役よりも、カッコイイお兄ちゃんをもっとアップで映せっていうんだよ、もう!」
「あらあら、ユキはお兄ちゃん想いで、本当に困った子ね? でも、ウチのライちゃんが本当に日本一カッコイイ子だから、あれじゃ勿体ないわよね」
親バカと兄バカな女性陣が納得いってないのは、オレが出演した放送されたシーンのこと。
明らかに意図的に、主人公の三菱ハヤトがクローズアップされていたのだ。
「まぁ、まぁ、二人とも落ち着いてよ。ほら、ドラマには“演出”も大事な要素だからさ」
今回のドラマは演出以上に、『《エンペラー・エンターテインメント》と三菱ハヤトに媚びを売る』という強力な大人の忖度が水面下で動いている。
そのためこの二週間の編集の段階で、色んな裏の作業が行われていたのだろう。
改造されて放送されたシーンが、まだ見ていないオレにも目に浮かぶ。
(ふう……でも、いったいどんな感じで放送されたのかな?)
実は自分の出演したシーンはまだ見ていない。自分の演技を見るのは恥ずかしいから、昨夜も見られずにいたのだ。
(まぁ、今回の作品は、あまり気にしない方がいいかもな……)
ドラマ版の『裏切り地獄教室』は地雷作品となるのが、歴史的に確定している。そのためネット耐性が低いオレは、今後も見ない方がいいはず。
今のオレに出来ることは、自分の役にベストを尽くすことだけだろう。
「あと、ママ、聞いてよ。ユキ、思ったんだけど、お兄ちゃんと、主役の奴以外の演技が、お遊戯会レベルだったよね? あれだったら、ユキの方がヒロイン役を何倍も上手くできるよ!」
ユキが憤慨しながら指摘していることは、ほぼ間違っていはいない。
兄っ子のユキは幼い時から、オレの真似をして演技と歌ダンスの鍛錬をしてきた。そのため素人より、大根役者よりも演技の基礎ができているのだ。
ちなみに妹のユキの“オレ的評価”は、次のような感じなる。
――――◇――――
《市井ユキ(中学三年春:事務所に所属していない完全な素人)》
※女優として
演技:D- (D評価オレよりも少しだけ劣るから)
表現力:D- (D評価オレよりも少しだけ劣るから)
ビジュアル:C (可愛いと評判だが、客観視はできない)
アピール力:D (オレよりも陽キャだから)
天性のスター度:D (オレよりも陽キャだから)
☆総合力:D- (もしかしたらオレよりも俳優に向いている説あり)
※女性アイドルとして
ダンス技術:D- (D評価オレよりも少しだけ劣るから)
歌唱技術:D- (D評価オレよりも少しだけ劣るから)
表現力:D (オレより上手いような気がする)
ビジュアル:C (可愛いと評判だが、客観視はできない)
アピール力:D (オレよりも陽キャだから)
天性のスター度:D+(キラキラしているような気がする)
☆総合力:D (女優よりもアイドル性があるような気がする)
※自分の妹ことなので《客観視》に阻害補正有り
※更に自分ことにも《客観視》に阻害補正有り
――――◇――――
こんな感じではなかろうか?
総合的に妹ユキは『外見が良くて、承認欲求が高く、陽キャでコミュ力が高い』ので女優よりも、アイドルに向いているような気がする。
「あっ、そうだ、お兄ちゃん! 今度、ユキもお兄ちゃんと同じ事務所に入れるように、社長に聞いてみてよ? そうしたら、放課後もお兄ちゃんと一緒にいれるし!」
「あっはっは……たぶん無理だと思うけど、いつか聞いてみるね」
でも、それはあくまでもユキを『女優orアイドル』として究極の選択をした時の結果だ。
あくまで妹は『素人としてオレと同じように、少しだけ演技と歌とダンスが上手いだけ』で、本当にプロにはなれないだろう。
だから空返事で答えておく。
「あっ、ヤバイ、もう、こんな時間だ! いってきます!」
家族と初ドラマの話をしていたら、いつの間にか朝の貴重な時間が過ぎていた。
オレは急いで朝の準備を済ませて、学園に急いで向かうのであった。
◇
なんとかギリギリで、教室に間に合うことに成功する。
ふう……先生が来るまで、息を整えておかないと。
「おはようさん、ライタ!」
「あっ、ユウジ。おはよう!」
席についたオレに声をかけてきたのは、金髪の友人ユウジ。ミュージシャンで“なんちゃって関西弁”を使う明るい奴だ。
「あっ。そういえば、ライタ! 昨日、見たで! もうドラマ出演が決まっていたなんて、水臭いぞ、ライタ⁉」
「ありがとう。まぁ、情報が公式公開されるまでは、ウチの学園は、ほらアレだからね」
堀腰学園では『お互いの今の仕事内容は、クラス内でも口に出さない』ことが良識とされていた。
公式発表された後なら、話題にしてもOKなのだ。
だが今回のオレは急遽代役なために、低予算な番組の公式HPにも変更されていなかった。
そのため数少ない友人であるユウジにも、まだ言えてなかったのだ。
「ああ、守秘義務って、ことかー。まったくライタも、一丁前にプロの芸能人デビューした、っていう感じやなー、よっ、千両役者さま!」
「ちょ、ちょっと、いきなり持ち上げないでよ。出演したっていっても、代役でたった少しのチョイ役だから」
「チョイ役でも、役は役やで! とにかく、これでウチのクラスじゃ、チー嬢とライタの二人が同じドラマに出ている訳か?」
「うん、そうだね。チーちゃん……大空チセさんは、今日も撮影があるみたいだけど」
チーちゃんはオレと同じ嫌われ役だが、出番回数は少しだけ多めの役。今日も校舎スタジオで撮影のため、公休で休む予定なのだ。
「なるほどな。ほな、これからチー嬢とライタへのクラス内での風当たりも、少しは良くなりそうやな? なんせドラマに出演の経歴が付いたからのう」
「あー、それはどうかな? ドラマに出演したっていっても、今回のは、評価されにくいポイントだし……」
しばらく芸能科に通って、この学園の生徒内での独特の評価方法が分かってきた。
大まかに分類と次のような感じなるのだろう。
――――◇――――
《芸能科内でのドラマ系俳優部門の実績評価》
Aポイント:ゴールデン地上波の連続ドラマの主演級
Bポイント:ゴールデン地上波の連続ドラマのメインキャラ級、
地上波の連続ドラマの主演級
Cポイント:地上波の連続ドラマのメインキャラ級、
ネット配信のドラマ主役級、
地上波深夜系ドラマメイン級
Dポイント:ゴールデン地上波ゴールデンの連続ドラマのわき役級、
ネット配信のドラマのメインキャラ級
Eポイント:地上波のモブ役など
――――(越えられない壁)――――
Fポイント:ネット配信ドラマのモブキャラ
※堀腰学園の芸能科の独自の評価ポイントのために、世間とは少し違う可能性あり
――――◇――――
こんな雰囲気で実績は加算されているのだろう。
今はネット配信が右肩上がりの流れだが、まだ地上波ドラマに出演する人の方が、高く評価されている風潮なのだ。
(だから今回のオレとチーちゃんは“Fポイント”だな……)
今回のオレたちは地上波放送ではなく、予算の少ないネット配信のドラマ。しかも二人ともメインキャラではなく、嫌われモブキャラだった。
だから実績加算があって、ないようなものなのだ。
「ほら、ユウジ……その証拠に、クラスの雰囲気が、まだこんなんだし?」
今日はオレがドラマに初出演が配信された翌日。だがユウジ以外の誰も、オレに関心を向けてこない。
ざわ……ざわ……
クラス内でも『裏切り地獄教室』の話はされているが、彼らからはオレたち二人の名前は聞こえてこない。
話題になっているのは主演の三菱ハヤトとA組のメインメンバーの名前だけなのだ。
「ああ、せやな……ここの芸能科の連中の評価を勝ち取るのも、なかなか厳しいのう、この感じやと?」
「そうだね。この人たちに認められるには、もっと上を目指さないといけないかもね」
芸能科に通うのはプロと、プロを目指す者だけ。家族のような甘い評価はないのだ。
だから今回のような役では何回出演しても、クラス内や芸能科での評価は微々たるものだろう。
芸能科で話題になっているのは常に、A組のようなメインキャラ役の人たちのことだけなのだ。
「とりあえずオレは自分の役にベストを尽くすよ。次回で最後の撮影に向けてね!」
オレの撮影シーンはまだ今週末に残っている。
とは言っても残るは一回だけなので、次が実質的にラスト現場になるのだ。
でも一回あるだけでも、チャンスがあるのは有りがたい。
次回もたった数分のシーンだけど、オレは自分の持つ力を出すつもりだ。
あっ……でも、また暴走しないように次回は気を付けないとな。
キンコーン♪ カンコーン♪
そんな時、授業開始の予鈴が鳴る。もう少しで一限が始まるのだ。
よし、気持ちを切り替えて、授業に集中していこう。
◇
午前の授業は進み、あっという間に昼休み時間なる。
「ねぇ、ユウジ、今日も牛乳を買いに、食堂に寄ってもいい?」
「ああ、ええで」
最近のオレたちの静かなランチ場である校舎裏、そこに移動する途中で食堂に寄ることにした。
何しろ食事中の牛乳は格別だからね。
ざわざわ……ざわざわ……
今日も食堂の中は満席状態だった。
いつものようにかなりザワついた様子。誰もが食事をしながら雑談をしている。
(ん? あそこは……?)
そんな食堂の中でも、ひときわザワついている場所があった。
(あれは《六英傑》のグループ……か)
そこは一年のエリート《六英傑》が座っているテーブル周辺。アヤッチこと鈴原アヤネは、今日はいない。
ざわざわ……ざわざわ……
《六英傑》の周囲にいる“取り巻き”の生徒たちが、いつも以上にザワついている。
いったい何をそこまで騒いでいるのだろうか?
牛乳売り場に行くためには、どうしてその横を通る必要がある。
視線を合わせないように通り抜けようとする。
「……いやー、さすがハヤト様のですね! 昨夜の放送回は、ネットでもかなりの高評価ですよ!」
「……ハヤト様の演技に素晴らしすぎて、ネット評価でも既に“神回”だと評判ですよ!」
「……さすがは我らがハヤト様です!」
取り巻きがいつも以上に騒いでいるのは、昨夜配信された『裏切り地獄教室』の最新話に関してのこと。
三菱ハヤトの最新話の演技がかなり高評価だったと、持ち上げて騒いでいるのだ。
(なるほど、そういうことか。たしかに三菱ハヤトの“あの時の演技”は、監督たちにも褒められていたからな……)
あの時の監督は、たしか『ハヤト君と“タクロウ役の彼”の演技は、かなりアドリブで進んでしまったが、結果として二人とも素晴らしいシーンが撮れた!』と言っていた。
あの時の雰囲気だと、おそらくオレが帰った後のシーンでも、三菱ハヤトは良い演技を連発していたのだろう。
普段以上にハイテンションな取り巻きの様子から、あれ以降の撮影が好調だったことが推測できるのだ。
(そうかオレの出た話は、高評価だったのか、すごく嬉しいな……ん? あれ? でも、どういうことだ?)
嬉しくなりながらも、ふと疑問が浮かんできた。
何故なら前世ではドラマ版『裏切り地獄教室』に関して、好評版なことは一つも聞いたことがないのだ。
でも、どうして昨夜の最新話だけが、今世では高評価を得られているのだろうか?
もしかしたら……オレの知らないところで、何かの歴史変換があって、ドラマの出来が良くなっていった、とか?
(ドラマの中で一番影響力があるのは主役……つまり『三菱ハヤトがなぜか前世以上に頑張って演技している』のかな? でもどうして、彼の演技が急に変わったんだ、あの後に?)
色んな疑問が渦巻き、どうしても気になってきた。
移動しながら一瞬だけ、座っている三菱ハヤトに視線を向けてみる。
(三菱ハヤト……どう反応しているんだ?)
取り巻きからの、よいしょの連発。
今までの三菱ハヤトは尊大な言動で、唯我独尊な態度で、取り巻きに話を返すだろう。
「いやー。さすがは我らがハヤト様です!」
「……ふん。あの程度で騒ぐな、お前たち。オレ様の本気はあんなモノはないからな……」
だが、なんと。
三菱ハヤトは尊大な態度ではなかった。いつものようにオレ様言葉ではあるが、何かが違うのだ。
なんとなく……『自分よりも上の才能があるかもしれない存在に出会い、葛藤しながらも自分を保とうとしている』ような雰囲気に、オレは感じる。
いや……オレの勘違いかもしれないけど。
「……ん?」
あっ……しまった⁉
あんまりガン見しすぎて、三菱ハヤトと視線が合ってしまった。
やばい!
このままだと前の時と同じように『何をガン付けているんだ、そこのオタク雑魚がぁ⁉』と因縁をつけられてしまうだろう。
「お前は……」
だが相手の反応は前回と違っていた。
三菱ハヤトはハッとした表情で、急に立ち上がる。
「お前は……ビンジー芸能の……市井ライタ⁉」
更に驚いたことが起きる。
三菱ハヤトはオレの顔を直視しながら、名前を呼んできたのだ。
今まで『顔も知らない無名な雑魚野郎』と見下していたのに、たった一度だけ教えたフルネームを呼んでくる。
これは、どういう心境の変化なのだ?
「あ、うん、えーと、おはよう、三菱ハヤト……君」
動揺しながらも、業界的な「おはよう」挨拶を反射的にする。
通り抜けることができずに思わず立ち止まって、三菱ハヤトと対峙する体制になってしまう。
「ん? どうしたんですか、ハヤト様?」
「誰ですか、そいつは?」
主君である三菱ハヤトの突然の行動に、取り巻きたちは首を傾げる。無名なオレの顔を睨んでくる奴もいた。
そして不可解に思っているのは、取り巻きだけはなかった。
「おい、ハヤト。いきなり立ち上がって、どうした?」
「そんな雑魚に、なんで反応しているのよ? あんたらしくないわね?」
「《六英傑》らしからぬ言動は、我々の仲間として失格だぞ?」
一緒に座っている《六英傑》も不思議そうにしている。
何故なら相手、オレは顔も知られていないD組の最底辺の雑魚。
どうしてエリートの中のエリートである三菱ハヤトが、わざわざ名前を覚えているか? この状況を理解できずにいるのだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
先ほどとは違う意味で、変な感じで周囲がざわつき始める。食堂中の変な視線が、オレに突き刺さってきた。
うっ……これはまずい雰囲気だぞ。
「あっ、食事中にじゃましてごめん。それじゃ! いこう、ユウジ!」
気まずくなったので、急いで離脱することにした。ユウジの手を引っ張って食堂を後にする。
「おい、待て……ちっ……」
後ろで三菱ハヤトが舌打ちをしたように聞こえたが、きっと気のせいだろう。
振り向かないで、脱兎のごとく校舎裏に逃げていく。
◇
「ふう……怖かったな、さっきは……」
「せやなー。あれなら、ライタの撮影が終わるまでは、学園では《六英傑》に近づかん方がええかもな?」
「うん、そうだね」
ずっと尊大だった三菱ハヤトがどうして、あんな態度を急にとってきたか、分からない。
だがユウジのアドバイス通り、『君子危うきに近寄らず』だ。彼らには撮影終了までは近づかないことにする。
(ふう……なんかよく分からないけど、とにかく次の撮影は頑張ろう!)
色々あったけど最後の撮影で、ベストを尽くすことを誓うのであった。
◇
◇
――――そして更に一週間が経つ。
「おはようございます! ビンジー芸能に所属している市井ライタです! 今日もよろしくお願いいたします!」
オレが出演する最後のシーン……主人公アキラと嫌われ役タクロウが科学室で対決するシーン。
「きたか……市井ライタ」
《天才俳優》三菱ハヤトとのラストバトルがついに始まるのであった。
最初のコメントを投稿しよう!