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第27話:決戦
初ドラマ、オレにとって最後の撮影日となる。
「おはようございます! ビンジー芸能に所属している市井ライタです! 今日もよろしくお願いいたします!」
この現場も今日が最終日。前回以上に気合いを入れて、校舎スタジオの科学室に入っていく。
「きたか……市井ライタ」
驚いたことに《六英傑》の一人、三菱ハヤトは既に科学室で準備していた。
鋭い眼光でオレに視線を向けてくる。
うっ……凄い殺気のようなモノを感じるぞ、これは。
今日は彼にとっては、それほど重要ではない短いシーンなはず。
どうしてここまで気合が入っているのだろうか?
「えーと、それでは科学室でのシーンの最終確認をします。出番の三人は集まってください」
そんな疑問の中、スタッフから声がかかる。事前の最終ミーティングが行われるのだ。
「えーと、このシーンは、とにかく主人公アキラの見せ場となります。タクロウ役の子は、ヘイトを買うような演技でお願いします」
演技指導の最終チェックが行われていく。
これからのシーンに登場するのは、主人公アキラ役の三菱ハヤトと、悪漢タクロウ役のオレ、あとヒロイン絵里役の子の三人だけ。
科学室の対決のシーンは次のような感じだ。
――――◇――――
デスゲームのアプリの力を悪用した悪漢タクロウが、ヒロイン絵里を科学室に拉致してしまう。
主人公アキラは彼女を救うために、たった一人で科学室に乗り込む。
卑劣なタクロウとデスゲームで対決するシーンだ。
苦労しながらも、勇気と機転を利かせたアキラが、最終的に勝利。
ヒロイン絵里を救出して、二人の距離が更に近くなる。
一方で卑劣な手を使っても破れたタクロウは、断末魔を上げながら地獄へ落ちていくのであった。
――――◇――――
(よし……今回のオレの役は、とにかく『卑劣で気持ち悪いタクロウ役』を演じて、視聴者のヘイトを一心に受けて、それを討伐したアキラに一気に称賛が向くようにしかける……だな)
演技指導の最終確認を聞きつつ、自分の役割を再確認していく。汚れ役のタクロウ役を、どこまで演じられるか、が今日の肝だ。
(あと、アキラ役の三菱ハヤトが『どこまで主人公らしく熱く迫真の演技で、オレを討伐してくれるか?』で、このシーンは変わってきそうだな。大丈夫かな、彼は?……うっ⁉)
一緒にミーティングに参加している三菱ハヤトに視線を向けて、思わず声を出しそうになる。
「ふう……待っていろよ……待っていろよ……」
何故なら三菱ハヤトは凄く集中していたから。
「市井ライタ……必ずお前を倒してやる……」
既に三菱ハヤトは役に入り込んでいた。
タクロウ役であるオレを本当に殺す! くらいの怖いくらいの気迫で、演技に入り込んでいたのだ。
(す、凄い気迫だ⁉ 今日のこの人は、どうなっているんだ⁉)
前回の初絡みの時の三菱ハヤトは、『雑魚と見下してきたオレを、アドリブで陥れる』ような軽い演技をしてきた。
だが今の彼は前回とは別人のように『オレ様と対等の相手……いや、もしかしたら危険な相手……絶対に負けられない!』そんな感じにも見える本気モードだ。
(これは……本当に殺されてしまいそうな殺気‼ でも……ここまで本気なのは有りがたいな)
今日はオレにとっての最後のシーン。理由は分からないが共演者が本気を出してくれるのは、何よりも嬉しかった。
「えーと、それでは時間も押しているので、さっそく撮影に入ります! 見学の皆さんは、お静かに!」
いよいよ撮影開始となる。
今日はカメラの死角なる場所に、他の共演者がたくさん見学に来ている。あと各自のマネージャーや関係者も多い。
おそらく主役である三菱ハヤトの演技を、誰もが見にきているのだろう。前回には無かった緊張感が、科学室スタジオに広がっていく。
「えーと、出演者の皆さんは、準備はよろしいですか? では、いきますよ!」
全ての準備が終わった。
ついに撮影開始となるのだ。
「それでは……よーい、スタート!」
――――撮影が開始。
科学室スタジオで演技が始まった。
◇
『絵里⁉ 絵里いるか⁉』
アキラ役の三菱ハヤトが科学室に飛び込んでくる。
拉致されたヒロイン絵里を、たった一人で決死の救出にきたのだ。
「げっへっへっへ……ボクの絵里ちゃんは、ここにいるよ、アキラ君?」
科学室の奥で待ち構えていたのは、デスゲームを悪用している悪漢タクロウ。
気絶させたヒロイン絵里の頬を、汚い手でさすりながら下品な笑みを上げている。我ながら本当にゲスな顔をしていた。
『タクロウ⁉ きさまぁ⁉』
「おっと、それ以上は近づいちゃダメだよ、アキラ君? ボクは既にアプリを起動しているから、この部屋では暴力行為はできないよ?」
『くっ……き、キサマぁあ⁉』
デスゲーム『裏切り地獄教室』に出てくアプリを起動すると、有効範囲内で肉体による一切の攻撃的は不可能となる。
「げっへっへっへ……いい顔だね、アキラ君⁉ このアプリはボクにとって、本当に天国のような力を与えてくれるねぇえ!」
そのため非力なオタクであるタクロウは、悪用して力を得てきた。
自分をイジメてきたクラスメイトを、これまでもデスゲームで葬ってきたのだ。
「くっくっく……それじゃ、今回はキミを葬って、あの絵里ちゃんをボクのモノにさせてもらうよ!」
『そんなことはさせないぞ、タクロウ‼ お前を倒して、絶対に絵里を助け出す!』
三菱ハヤトの演技は迫真に迫っていた。まるで本物の主人公アキラがその場にいるようだ。
「げっへっへっへ……そんなことは絶対に不可能さ! だって今回のゲームジャンではボクには絶対に有利だからね! いくよ、アキラ君!」
だからオレも応える。悪漢タクロウとして全力で演じていく。
『いくぞ、タクロウ!』
「『決闘、スタート!』」
二人は叫び、ついにデスゲームが開幕となる。
「くっくっく……これでキミの命は、もうないよ、アキラ君んん!」
《決闘》が開幕すると、もはやゲームを中断することは不可能。
どちらかが敗者になることによって、敗者=死者を出すことでしか、このデスゲームは終わらないのだ。
――――そんな二人の命を賭けた緊張感の中、デスゲームが進んでいく。
「げっへっへっへ……残念ながらこのままのペースでいったら、ボクの勝利は揺らぎないね、アキラ君? そろそろ諦めた方がいいんじゃない? まぁ、諦めてもキミの命は助からないけどねぇええ!」
卑劣なタクロウは、自分が有利なゲームを選択していた。
しかも精神攻撃で揺さぶりをかけて、アキラの心をへし折ろうとしてきたのだ。
「このボクが……今までクラスで受けてきた地獄のようなイジメは……こんなものじゃないんだよぉ!」
『裏切り地獄教室』のデスゲームは基本的に“心の強さ”が強い方が有利となる。
アメリカの大学の研究によると、人間には「喜び」、「悲しみ」、「怒り」、「驚き」、「恐れ」、「嫌悪」の6種類の基本感情があると言われている。
「だから……このボクが負けることは、絶対にないんだよぉおお!」
高校に入ってから三年間、毎日のようにイジメられてきたタクロウは、「怒り」の感情がカンスト状態。
そのため今回のデスゲームの対面勝負では、誰が相手でも圧倒的な勝利を収めてきたのだ。
『くっ……たしかにお前が今までイジメられてきたことを、転校生のオレは知らなかった……』
アキラ役の三菱ハヤトの演技は、最初以上に迫真に迫っていた。
前回のシーンと同じように、演技技術もかなり高い。
『でも……だからといってオレは絶対に負けない……絵里を……大事な絵里を助けることを、絶対に諦める訳にはいかないんだぁあ!』
だが今の彼は技術だけはない。
演技技術の上……役者として“上の次元”を目指そうとしていたのだ。
(こんな短期間で、ここまで急成長するなんて、凄いよ、ハヤト君!)
『男子、三日会わざれば刮目して見よ』という言葉がある。
演技の世界にも同じことが当てはまり、今まさに目の前の三菱ハヤトが実行していた。
《天才俳優》と呼ばれた才人が、更に進化しようともがいているのだ。
(ハヤト君……うう……キミは……)
幼い時から約十年間、オレはたった一人で演技の自己鍛錬を積んできた。
演技の相手はいつもテレビの中の有名俳優や、頭の中のイメージトレーニングの相手だけしかいなかった。
(ああ……これは……『人と共演する』って、こんなにも、いいものだったのか……)
だが今は違う。
目の前に才能がある共演者がいてくれるのだ。
(共演って、こんなに気持ちがいいモノだったのか……)
あまりの感動と嬉しさ。
エクスタシーに近い高揚感が、オレの中で溢れ出してきた。
ああ……本当に最高の気分になってきた。
(ハヤト君……もっと深くて気持ちいい世界に……演技を超えた世界に一緒に、もっといこうよ!)
更に深い目指すため、オレも負けじと演技に入っていく。
「くっ……アキラ君から感じる、こ、この気迫は、いったいなんだぁ⁉ でも、ボクも負けるわけにいかないだからぁ!」
タクロウとシンクロしながら、更に深い世界を目指す。
目の前にいる三菱ハヤトと一緒に、深い世界にイキたい!
『タクロウ……お前は……ああ、いくぞぉお! 最後の勝負だぁあああ!』
そしてアキラ役にシンクロしている三菱ハヤトも、オレに応えてくれる。
今まで以上に熱演を……『まるでオレの演技の深さに引っ張られていくように』……今まで以上に演技をしてくれたのだ。
「『ラスト、決闘、スタート!』」
二人の演技モチベーションは最高潮のまま、シーンの最後の勝負となる。
命を賭けたデスゲームの勝者が、ついに決するのだ。
『くっ……ギリギリの勝負だった……』
タクロウは膝をつく。
デスゲームに勝利したのは主人公アキラだった。
タクロウの負の「怒り」を超える、「勇気」と「愛」の二つの力にアキラが覚醒して勝利したのだ。
「ぐへっ……うがぁっ……」
敗者となった悪漢タクロウはその場に倒れこむ。
つま先から粒子となり、段々と消えていく。デスゲームの敗者として死んでいくのだ。
「げっへっへっへ……ボクに勝ったからといって安心はできないよ、アキラ君……何しろこのデスゲームの首謀者はボクじゃない……クラス内に別にいるんだからね……」
憎まれ役のタクロウは、最期の瞬間まで悪態をつく。映画版では最後まで改心はしないのだ。
「首謀者は……キミのグループの中にいるんだ……だから最後までキミは疑い、苦しみながら、勝つしかないんだよ……だから生き残ったキミの方がある意味で地獄だよ、アキラ君は……ぐふっ……」
顔が粒子となって消える瞬間まで、タクロウは負の言葉を吐き出していく。
これが悪漢タクロウ役に与えられた大事な役目。
オレも最後までまっとうしていく。
――――そしてタクロウはこの世から消えていった。
『くっ……え、絵里⁉ 大丈夫か、目を覚ましてくれ⁉』
『うっ……ア、アキラ君……?』
そこから先は、主人公アキラとヒロイン絵里の感動の再会シーンとなっていく。
◇
まだ撮影中だが、オレは科学室の机の下で倒れたまま。
(ああ……本当に楽しかったな……)
だから感動に浸りながら、シーンの撮影が終わるのを待っていた。
(それにしても共演って……ドラマ撮影って、本当に楽しかったな……ん?)
そんな感動に浸っていると、主人公とヒロインの再会シーンも無事に終わる。
「…………カットぉお!」
シーンの撮影終了を告げる合図が、科学室に鳴り響く。
一回目の撮影が無事に終了したのだ。
(さて、今の撮影は使えるのかな?)
撮影が終わっても、まだ油断はできない。撮り直しがある可能性もあるからだ。
オレは立ち上がって、監督たちスタッフに視線を向ける。
読唇術で今の撮影の感触を確かめるためだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
あれ?
監督たちザワついているぞ。何かが起きたのか?
今の撮影は誰も失敗はしていなったのに、これはどういうことだろう?
「……か、監督、今のアキラ君の演技は……?」
「……ああ、そうだな。我々は『天才が本当に覚醒する瞬間』に立ち会えた幸せ者なのかもしれないな……」
「……そうですね。私もカメラを撮りながら、全身に鳥肌が立ってしまいました」
「……それなら監督、今の撮影は?」
「……もちろんOKだ!」
どうやら雰囲気的に今のシーンは大丈夫だったらしい。
「えーと、今のOKです!
その証拠にスタッフがOKの声をかけてきた。
今回のシーンも、また一発で合格だったのだ。
「ふう……良かったな。でも、寂しいな……」
今作品のオレの登場シーンは、これで終了。一回で合格だったことは嬉しくもあり、何となく寂しくもある。
できれば、あの感情の高ぶりを、もっと三菱ハヤトと演技を潜っていきたかったな。
ねぇ、アキラ君、キミもそう思わない?
ふと、視線を向けてみる。
「…………ぐっ……」
先ほどまで共演していた三菱ハヤトは、怖い顔をしていた。
シーン撮影が完了にもしたにも関わらず、まだ迫真の演技の最中のような形相。
オレのことをジッと見つめてきているのだ。
「ええ……と。三菱ハヤト……君? オレ、何か失礼なことでもしちゃったかな?」
正直なところ彼が起こっている心当たりはある。
何故なら撮影の後半部分で、あまりの共演の気持ちの良さに、オレはまた自分の演技の世界で暴走してしまったからだ。
遠くから見ていた監督からOKは出ているが、間近にいた《天才俳優》と呼ばれている彼は、納得がいっていないに違いない。
「市井ライタ……お前、さっきオレ様にいったい何をした? “あの世界”は……いったい何だ……?」
ハヤト君が真剣な表情で訊ねてきているのは、先ほどの演技について。
オレは暴走を広げすぎて『共演者の三菱ハヤトまで引き込み、一緒に深すぎる世界』にいってしまったことだ。
「ええと、あれはですね、おれが演技の時に……――――ん⁉」
説明しようとした時だった。
突然起きた異変にオレは気が付く。
ドカドカ! ドカドカ!
見学していた共演者たちに、異変は起きていた。
先ほどまで大人しく見ていた彼らが、急に科学室に乱入してきたのだ。
「“タクロウ”! キサマ、許せん!」
「お前のせいで!」
「殺してやる、タクロウぉお!」
驚いたことに彼らは興奮していた。
先ほどのオレと三菱ハヤトの熱演によって、軽い催眠トランス状態に入ってしまっていたのだ。
「“アキラ君”! 大丈夫だった⁉」
「“アキラ”! 今の戦い、本当に熱い戦いだったぞ!」
演技の世界から抜け出せず、三菱ハヤトのことも役名で呼んでいる。
この分だと科学室のシーンを見学していた役者が全員、彼らも自分の役に入り込んでしまったのだろう。
「「「うぉおおお!」」」
共演者の誰もがトランス状態で、科学室に乱入してきたのだ。
「ええ⁉ ちょ、ちょっと、皆さん、落ち着いてください⁉ ほら、オレは違いますよ⁉」
まさかの事態に身の危険を感じる。
何しろ乱入者たちは殺気だって、オレに迫ってきていた。
おそらくオレの演技があまりにもヘイトを買いすぎたせいで、乱入者は現実と演技の境目が分からなくなっていたのだろう。
「ちょ、ちょっと、皆さん、どうしたんです⁉」
「危ないですよ! 各マネージャーさんたち、止めてください!」
スタッフと大人たちは現実世界にいた。そのため現場は一気に騒然となる。
何が起きたか分からないまま大人たちは、生徒役の若者たちを止めていく。
「うっ……でも、これはマズイぞ」
一番のヘイトの矛先は、悪漢タクロウ役である自分に向けられている。命の危険すら感じる状況だ。
「とにかく逃げなきゃ!」
急いで科学室から脱出。送迎用の車がある駐車場まで駆けていく。
「……み、みなさん、落ち着てください!」
「……も、もう撮影は終わったんですよ⁉」
後方の科学室から混乱の声が、まだ声が聞こえてくる。
催眠トランス状態が収まるのは、けっこう時間がかかると聞いたことがある。
この分だと現場が落ち着くまでは、まだまだ時間はかかるかもしれない。
「こ、これから、どうしよう、オレ……」
誰もいない駐車場で立ちつくしてしまう。
「がっはっはっは……さっきはなかなか面白かったぞ、ライタ」
「えっ、社長⁉」
誰もいない駐車場にやってきたのは、今日のドライバー兼マネージャーの豪徳寺社長だった。
何やら意味深な笑みを浮かべている。いつもは強面な人だが、こんな時は頼りに見えてきた。
「しゃ、社長、なんかオレしちゃったみたいで、これからどうすれば?」
「とりあえずお前はタクシーで帰宅しろ。後のことはオレ様が収めておいてやる」
「えっ? はい、分かりました。よろしくお願いいたします!」
もはやオレが何とかできる状況ではない。
頼りになる社長に任せて、オレはタクシーチケットで一人帰宅することにした。
(ふう……さっきは本当に何が起きたんだか……色々ありすぎた撮影だったな……)
無事にタクシーに乗って、ようやく一息をつく。
短い時間だったけど、濃縮な今日の撮影が思い返されてくる。
(今日の最後は、本当に大変だったけど……でも、楽しかったな、人と共演するのは……)
こうして何ともいえない感動に浸りながら、オレの初ドラマの撮影は終了するのであった。
◇
◇
――――それから二週間が経つ。
ドラマ版『裏切り地獄教室』の科学室のシーンが、最新話としてネット配信された。
翌日、オレはいつものように芸能科に登校するのであった。
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