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第28話:ハンター化
前回の撮影から、二週間が経つ。
科学室のシーンは昨日の夜、最新話としてネット配信された。
「……やっぱりお兄ちゃんが一番カッコよくて、上手かったよ!」
「……さすがママの自慢の息子ね、ライタ」
前回と同じように義妹のユキと義母に、兄バカ親バカよいしょされる朝だった。
「それじゃ、いってきます!」
今回は遅刻しないように、早めに芸能科に登校。
余裕をもって教室に間に合う。
さて……先生が来るまで、演技のイメージトレーニングでもしておこうかな。
「おはようさん、ライタ!」
「あっ、ユウジ。おはよう」
席についたオレに声をかけてきたのは、金髪の友人ユウジ。ミュージシャンで学園内の情報通な奴だ。
「昨日も見たで、ライタ! いやー、お前さん、あのキモイ役を、よくあそこまで見事に演じ切っていたのう? ワイも見ていて最後は胸クソ悪かくなってしもうたでー。あっ、すまん、すまん」
「あっはっは……ありがとう。気にしないでいいよ。キモがられるのは俳優冥利に尽きるからさ」
オレにとって『仲の良い友だちに嫌悪感を抱かせたこと』は何よりも嬉しいこと。なぜなら自分の演技が、リアル世界の印象を瞬間的に超えていたからだ。
「キモがられて嬉しがるとか、ライタはほんまに面白いやっちゃのう? まぁ、それにしても……“この雰囲気”を見た感じ、最新話はかなり好評そうやな?」
「うん……、これはそうだね」
二人で教室内を見回す。
ざわざわ……ざわざわ……ざわざわ……ざわざわ……
今日のD組はいつも以上に騒がしい。
「……ねぇ、昨日の『裏切り地獄教室』の最新話、見た?」
「……もちろんに決まっているじゃん! 凄かったよね!」
「……アキラ君がカッコよすぎて、もう惚れ惚れ惚れよねー!」
クラスメイトがザワついているのは『裏切り地獄教室』の最新話の話をしているから。
誰もが三菱ハヤト演じるアキラを、昨夜の科学室のシーンを褒めたたえていたのだ。
「うーん、三菱ハヤトか。たしかにヤツの今回の演技は、今までとは違うような感じがしたが……実際のところどうなや、ライタ?」
「もちろん三菱ハヤト君は凄い人だったよ! 暴走しかけたオレの演技を、ちゃんと受け止めて最後まで演技してくれたからね! オレは反省しかないよ、本当に……」
「ふーん、そんなもんなのか? 演技の世界は難しそうやな?」
ユウジが首を傾げているように、演技の世界は難しい。
何しろ数学のように一つの正解はない。見た者によって印象や感想が、まったく真逆な時もあるからだ。
「うん、そうだね。難しくて、面倒だね……だからこそ面白い世界だと思いよ!」
でもそんな曖昧な世界だからこそ、オレは幼い時からハマっていた。
演技という“正解のない道”を、もしかしたらオレは死ぬまで模索していくのかもしれない。
「“面白い世界”……か。ライタは前向きやなー。おっと、そうや、ちょっと用足しにいってくるわ!」
そんな話をしているとユウジは席を外す。どうやら急にトイレに行きたくなったのだろう。
「いってらっしゃい」
特に尿意がないオレは一人で席に残ることにした。
さて、一人になったから、演技のイメージトレーニングでもしようかな。
「あっ、ライタ君⁉……お、おはようございます、ライタ君」
「あっ、チーちゃん⁉ おはよう!」
そんな時、隣の席にやってきたのは、チーちゃんこと大空チセ。
最近の彼女は同じドラマの撮影や、アイドルのレッスンなどで公休が多かった。
「チーちゃんは、今日は忙しくないの?」
「はい、大丈夫です、ライタ君」
だが今朝は久しぶりに、一緒になれそうな雰囲気。
前世での推しアイドルの一人に朝から会えて、今日はなんか良いことがありそうだ。
「そういえチーちゃんの今日は、ドラマの撮影はないの?」
「実は『裏切り地獄教室』の撮影が昨日でクランクアップしたので、今日から私もスケジュールに余裕があります」
「そうだったんだ。無事にクランクアップしたんだね、あのドラマ……」
“クランクアップ”とは映画やドラマで、撮影を完了すること。出演者にとっての仕事は全て終わり、スケジュールから解放されるのだ。
「あっ、そういえば。ねぇ、ここ二週間のあの撮影現場は、大丈夫だっかな、雰囲気的に……?」
二週間前の科学室の撮影の直後、学園スタジオでは催眠トランスによる軽い騒動が起きていた。
豪徳寺社長に全てを任せてオレは避難したので、あの後の撮影現場の様子が気になっていたのだ。
「私がいなかった時に、何かあったみたいですが、ここ最近の撮影現場は、とても良好な感じでした。むしろ出演者の皆さんの演技が……私が言うのも何ですが、凄くレベルが上がっていたような感じでした。なんか、スタッフさんたちは“科学室マジック”と呼んでしました」
「えっ、あの共演者の人たちのレベルが⁉」
チーちゃんからの情報に、思わず声を上げそうになる。
何故なら三菱ハヤト以外の人たちは、ほとんど新人モデルと男性アイドルで、演技経験のない大根役者ばかりだった。
だがチーちゃんの言い方だと、“科学室マジック”……まるで『科学室シーンの撮影の時の影響が残っているお蔭で、クランクアップまで彼らも演技が共感向上してした』みたいな感じなのだ。
(うーん、どういうことなんだろう? “科学室マジック”の原因は何だろう? でも、これでドラマ版の『裏切り地獄教室』の今世での評価が、少しは変わるのかな?)
前世での今作の評価は散々なものだった。
名前と顔を売り出すために、演技の素人である新人モデルと男性アイドルだけを起用したため、全話においてとても見られた内容ではなかった。
(ちょっとでも良くなってくれたら、オレも嬉しいな……)
だが今世では、科学室シーン以降との数話とはいえ、物語のラスト部分が少しだけ良くなっている雰囲気。
原因は分からないけど、共演者の演技に影響を与えてくれた歴史の変化に、感謝しかない。
「あっ、そういえライタ君。来週末に“打ち上げ”があること、聞いていますか?」
「えっ、打ち上げ? うん、社長から、聞いているよ」
“打ち上げ”とは映画やドラマがクランクアップした後に、関係者を一堂に集めて行うパーティーのこと。
立食形式パーティーみたいな感じで、共演者やスタッフが互いの慰労を労う場だ。
関係者一同が招待されるため、チョイ役とはいえオレとチーちゃんも事務所に誘いが来ていたのだ。
「よかった……ライタ君も行くなら私も行きます。楽しみですね、初めてのパーティー……」
「そうだね、打ち上げは、本当に楽しみだね」
アイドルオタクなオレにとって、芸能界の“打ち上げ”など夢のような世界。
実際に参加できるなど、今世でも思ってもいなかった。今から楽しみすぎる。
(ドラマの打ち上げか……どんな感じなんだろう?)
おそらくパーティー会場での主役はメインキャラの人たちや、監督やスポンサー関係者なのだろう。
だからオレはチョイ役しか演じていないオレは、会場の端の方で小さくしていよう。
遠目できらびやかな雰囲気を見ながら、美味しいバイキング料理を、ただで腹いっぱい食べられるだけでも楽しみがある。
「いやー、来週末が楽しみだな――――あっ⁉」
そんな希望に満ちていた時だった。
オレは“強烈な気配”を感知する。
(この感じは……まずい、“ヤツ”が来るぞ!)
「チーちゃん、ごめん。また後でね!」
オレはすぐさま気配を消して、教室の端へと移動していく。
――――その直後。
「おい、市井ライタはいるか⁉ 今日こそは話を聞かせてもらおうか!」
D組に大きな声と共に入り込んできたのは、一人の一年男子。
「「「ハヤト様⁉」」」
D組の女子が叫ぶように、その男は《六英傑》の一人である三菱ハヤトだ。
(ふう……今日も来たのか、この人は……)
二週間前の科学室シーン以降、三菱ハヤトはD組を訪れようになっていた。
彼もドラマの撮影のラストスパートと忙しい身だった、学園に登校した時は毎回のように来ているのだ。
「おい! 出てこい、市井ライタぁ!」
三菱ハヤトはこのように、毎回かなり怖い顔をしている。この雰囲気だと、間違いなく科学室でのオレの暴走のことを、未だに根に持っているに違いないだろう。
(さて……今回もまた、一限が始まるギリギリまで、トイレにでも隠れておくか……)
だからオレは顔を会わせないように回避していた。
前世の陰キャとして会得していた“気配消し”をフル活用。三菱ハヤトと入れ替わるように、教室から退避していた。
今回も無事に脱出に成功する。
「おい、市井ライタはどこだ⁉ 下駄箱に靴があったから、来ているはずだろう、今日は⁉」
オレがいなくなったD組を、三菱ハヤトは捜索しはじめる。
というかこの人はオレの下駄箱まで確認してきたのか⁉
まるでハンターのような執拗さだな。
「キャー! 三菱ハヤト様⁉」
「昨日の放送も見ました! 本当に素敵でした!」
だがハンターである彼は自覚がなかった。
今や三菱ハヤトの主演の『裏切り地獄教室』は、芸能科でも話題になっていたことを。
一応は芸能人だが、D組は一般人にも近いミーハー女子が多い。彼女たちに取り囲まれ、捜索が出来なくなっていたのだ。
「くっ……お前ら、離れろ! オレ様は市井ライタに話があるんだ! 離れろ、この下郎どもめ!」
「「「キャ――――! 怒った顔もカッコイイ!」」」
オレ様キャラが裏目に出ている。
これはさすがにご愁傷さまだが、これでオレがしばらく見つかることはないだろう。
今後もしばらく休み時間と昼休みも、同じように気配を消して校舎裏に退避可能。
三菱ハヤトの怒りのほとぼりが冷めるまで、学園内では隠者生活が続いていきそうだ。
(打ち上げパーティーにも彼は間違いなく来ると思うけど……主役とモブ役のオレは、別世界にいそうだから、たぶん大丈夫だろう。とにかく業界の打ち上げか……楽しみだな)
こうして芸能科では三菱ハヤトからの追跡から、連日にわたって無事に回避していく。
二週間後の打ち上げを、オレは心待ちにしていくのであった。
◇
◇
それから二週間が経つ。
待ちに待った『裏切り地獄教室』の打ち上げパーティー当日なる。
「それじゃ、行ってきます!」
唯一の一張羅を着て、オレは家を元気よく出発する。
電車を乗り継いで、打ち上げ会場に向かっていく。
(さて、今日は沢山食べるぞ!)
今日の会場はレストランを貸し切った店。
ネットでも料理が評判みたいなので、移動中も心と胃袋が浮き浮きだった。
――――だが、この時のオレは知らなかった。
「市井ライタ……」
打ち上げ会場ではタキシード姿の主役が、オレを待っていることを。
「今日こそは必ず、お前を……」
覇気を放つ三菱ハヤトが、手ぐすねを引いて待ちかまえていたのだ。
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