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第30話:能力
ドラマ版『裏切り地獄教室』の打ち上げパーティーが終了となる。
一人で帰宅しようとしたオレを、三菱ハヤトは壁ドン拉致してきた。
「さぁ! 今日こそはオレ様に聞かせてもらうぞ! 科学室シーンのあの現象のことを⁉」
周囲はひと気のない裏路地で、壁ドン拘束からは逃れられない状況。
あと、この人はいったいどうして、こんな場にいるんだ?
「え、えーと、ハヤト君、主役のキミは、二次会には行かなくていいの? というか、どうして、こんな所にいたの? なんで、オレのことを?」
「ふん! あんな無味な会の二次会より、キサマから話を聞く方が何千倍も重要だからな。オレ様はわざと隙を見せたフリをして、出口を張っていたのさ!」
なんと三菱ハヤトは出待ちをしていたという。一次会ではあえて忙しいフリをして、オレを油断させていたのだ。
うっ……《天才俳優》の才能を、なんという無駄な使い方をするんだ、この人は。
「今日こそは絶対、お前を逃がさないからな、市井ライタ! あの科学室シーンでお前は、オレ様にいったい何をした? “あの世界”は、いったい何だ⁉」
三菱ハヤトが真剣な表情で訊ねてきたのは、先日の共演での現象について。
オレは暴走域を広げすぎて『共演者の三菱ハヤトまで引き込み、一緒に深すぎる世界』にいってしまったことだ。
(うっ……どうしよう。もう観念するしか無さそうだな、この状況だと)
今のオレは壁ドンで拘束されており、裏通りには誰もひと気はない。
ハンター化三菱ハヤトに年貢を納め時がきたのだろう。観念して説明することにした。
「ええ……と、アレはですね、オレが演技の時に、よく“入る世界”で……オレは“白い世界”って呼んでいる場所です」
「よく“入る世界”で……“白い世界”だと?」
「うん。ほら、役になりきったり、登場人物と自分が重ねていくと、あの“白い世界”に立っているんだよ」
自分の演技の方法について、説明のために言語化してみる。
幼い時から独学で学んだ演技の世界のことなので、これで上手く通じてくれたいいけど。
「あっ! あと、“白い世界”に入ると、役が勝手に演じてくれんだ! っていう感じなんだけど。意味分かるかな? あっ……」
自分で口に出してみて直後、急に恥ずかしくなる。
何故なら思い返してみても、自分で言った意味がよく分からないからだ。
とても曖昧な表現すぎて、他の人はもっと意味不明だろう。不思議ちゃんと思われていたら、とても恥ずかしい。
「なんだと……」
だが三菱ハヤトは真剣な表情だった。もしかしたら今の説明で通じたのだろうか?
「『役が勝手に演じてくれる』だと? つまり、アレか……オレ様もやっている、『役を下僕のように支配下に置いて、完全に演じ切る』ことのことか?」
「うーん、似ているかもしれなけど、それともちょっと違うかな? オレの場合は『イメージした役と友だちになって、一体化する』っていう感じかな?」
「なるほど、『イメージした役と友だちになって、一体化する』……か。そういう概念もあるのか」
おお、よかった。
なんと、三菱ハヤトにも説明が通じたのだ。
これは本当に嬉しい。
何しろ今まで家族にもこの話を説明しても、誰にも理解はされたことはないからだ。
でも今は違う。
多少の価値観の違いはあるとはいえ、他人である三菱ハヤトが理解をしてくれていたのだ。
「ふむ……市井ライタ。お前の演技の概念を、オレ様も多少は理解できた。だが更なる疑問もある。だったら何故、お前のその“白い世界”に、あの時のオレ様も入っていたんだ⁉ どして、身分の価値観も違うオレ様たちが、同じ世界に立っていたんだ⁉ あれはどういうことだ⁉」
だが新たなる問題が発生。三菱ハヤトは更に険しい顔で迫ってくる。
「ええ……と、それは、なんというか、オレが暴走したから、もしかしたら、同じ世界にいた……とかな?」
「暴走して、だと? だから、それがどういう意味で、どういう方法で行っていたんだ、お前は⁉ それをオレ様が知りたいのだ⁉」
うっ……これは困った。
オレの言語化能力が低いために、やっぱり上手く説明できない。
この人に、ちゃんと冷静に説明できる人、誰か手助けして欲しいよ。
――――そんな窮地に陥っている時だった。
一人の大柄な男性が近づいてくる。
「おい、天才の兄ちゃん。その天然君に、それ以上聞いても、答えは聞けないぜ」
「しゃ、社長⁉」
騒動の場にやってきたのは強面男性、ビンジー芸能の豪徳寺社長だった。
いつものように不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。
「あ、あんたは……豪徳寺ゼンジロウ⁉ どうして、ここに⁉ あっ……そうか……今のあんたは、ビンジー芸能の代表だったか」
社長のことを知っているような、三菱ハヤトの反応だ。この唯我独尊の男にしては珍しく、少し動揺している。
これはどういうことだろう?
あっ、そういえば。
情報通の友人ユウタの話によると、昔の社長は有名な人だったっぽい。そのため三菱ハヤトも知っていたのだろう。
そんなことを思っていると、三菱ハヤトは社長にターゲットを向ける。
「それならアノ現象の原因を、こいつには聞けないということなのか、豪徳寺ゼンジロウ⁉」
「ああ、そういうことだ。そこの天然君の説明能力は小学生以下だからな。だがオレなら説明はできるぞ」
「ほ、本当か⁉ 聞かせろ!」
「たぶんアレは《共鳴演技》の現象だ」
「「《共鳴演技》?」」
社長の口から出た単語に、オレは三菱ハヤトと同時に声を出す。
《共鳴演技》……初めて聞く言葉だけど、どういう意味だろう?
「天才君も気が付いてと思うが、優秀な役者は極限状態になると、“自分の演技に世界”に入れることがある。そして《共鳴演技》とは、『相手を強制的に“自分の世界”に入れる』ことで、共演相手に対して発動される。まぁ、オレと昔の仲間で作った造語だがな」
何か昔を思い出したような顔で、社長は説明をしていく。
もしかしたら社長、昔は俳優をしていた人なのだろうか?
でも今の組長のような強面からは想像もできないな。
そんなことをオレが呑気に考えている中、三菱ハヤトと社長は更に真剣な話をしていく。
「そして、そこの天然君の《共鳴演技》は昔のオレたちとは次元が違う。下手したら『近くにいない相手でも、強制的に“自分の世界”に拉致できる』可能性もあるな」
「バ、バカな……『近くにいない相手でも、強制的に“自分の世界”に拉致できる』だと⁉ もしも、そんな恐ろしいことを高次元で実行できる奴が、この世にいたとしたら……」
「ああ、そうだな。共演者だけじゃなく、出演者全員と、観に来ている客全員を……いや、TVの向こう側で見ている視聴者すらも、“そいつ”が本当に覚醒したら『強制的に同じ世界に拉致できる』だろうな、きっと」
「テ、『TVの向こう側で見ている視聴者すらも強制的』に、だと⁉ もしも、そんな人外なことを実行できたら、この地球は混沌の世界と化してしまうぞ⁉ 自分の演技を見せて、世界中の視聴者を洗脳……地球を支配することも可能になってしまうんだぞ、ソイツは⁉」
「ああ。そうかもしれないな。まぁ……だが、そこにいる天然君は、そんな欲望や野心のかけらも無さそうだだから、安心してもいいぞ」
「な、なんだと、欲望や野心がないだと⁉」
「ああ……何しろソイツは芸能界での成功や、有名になることすら興味がないみたいだからな。たしか……『好きな女のために同じクラスに入ること』だけが、人生の目標みたいだからな。まったく大した色ボケ小僧だぜ、ソイツは! ガッハッハ……!」
ちょ、ちょっと、社長⁉
オレが理解できない難しい話だから聞き流していたら、急に何を暴露しているの⁉
そりゃ、たしかにオレが、アヤッチこと鈴原アヤネと同じA組になりたいのは事実ですよ。
でも、それはあくまでも恋愛感情とかではなく、最推しアイドルの命を救うため。
だから決して恋愛などという、やましい感情ではないんですよ、社長!
ふう……あっ⁉
と、というか今の社長の一言で、A組にいる同じ《六英傑》の三菱ハヤトに、オレの目的を知られてしまったぞ⁉
ああ、これは、きっと笑われるか、呆れられるに違いない。
「な、なんだと、お前は向上心や出世欲、承認欲求がないのか、市井ライタ⁉ あの女……『鈴原アヤネと同じ組になりたい』、そんな小さな野望しか持たないで、いいのか⁉ お前ほどの男が本気を出したら、芸能界で名誉も金も地位も、手に入れ放題なんだぞ⁉」
だが三菱ハヤトは笑いも呆れもしてこない。
むしろ今までの中で一番真剣な表情で、オレに迫り訊ねてきた。
「うん……そうだよ。オレにとって演技も芸能活動も全ては、アヤッチを……鈴原アヤネさんを救うため……じゃなくて、彼女の側にいて見守るためなんだ! それがオレにとって人生の全てを賭けるに値する意味なんだ!」
だからオレも真剣に本気で答える。
転生や前世のことは、誰にも話ことはできないけど、自分が今世で生きていく意味を、言葉を濁しながら真っ正面に三菱ハヤトにぶつけた。
「そ、その目は⁉ ああ、そうか。お前もそこまで本気なのか。それほど特殊な才能と潜在能力と持ちながらも、たった一人の女のために生きていく、のか、お前は……」
どうやら三菱ハヤトに想いが伝わったようだ。思いつめた顔で、何かを呟いている。
「そうか……『自分の人生の全てを賭けるに値する意味』……か」
そして壁ドン拘束をゆっくりと解いていく。
何が起きたか分からないけど、これでオレは自由の身になれたのだ。
「ええ……と、これで今回のオレへの質問は終わり、でいいかな、ハヤト君?」
「ああ、そうだな。これ以上は今、聞くべきではないからな。いや、聞く意味がない、といった方が正解だ」
ハヤト君が何を言っているか、正直なところよく分からない。
でも今までの殺気は消えて、ハンター化は終了したような雰囲気だ。
よし、これでオレは自由の身。あとは帰宅して、テイクアウト料理をまた堪能できそうだ。
「悔しいが、今回はオレ様の負けだ、市井ライタ……だが覚えておけ。オレ様の実力もこんなもんじゃねぇことを! 必ず上の世界にいって、お前と共演して、今度こそ完全にブッ倒してやるからな!」
「え? うん? また共演できる機会があれば、こちらこそよろしくお願いいたします」
興奮ハヤト君が何を言っているか、やはり理解はできていない。
でも、これ以上は突っ込まない方がいいだろう。とりあえず感謝しつつ、社交辞令で挨拶をしておく。
(でもハヤト君との共演か。もしも、いつか本当に叶うとしたら、オレも楽しみだな……)
科学室のシーンでの共演は、本当に気持ちが良かった。
おそらくアレは『ある程度、実力や概念が近い者同士』ではなければ至れない世界な気がする。
(また、あの気持ちいい演技の世界に……いや、たぶん、次に共演できた時は、アレよりも更に上の世界にいけそうだな)
だからハヤト君との共演は楽しみだった。
いや、でも冷静に考えたら、二回目の共演は難しい。
何しろ大手事務所に所属してエリートで天才な彼と、雑草クラスのオレでは住む世界が違いすぎるからだ。
だから共演のことは、心の中で夢に見るだけに止めておこう。
そんなことを妄想している最中だった。
「……おい、豪徳寺ゼンジロウ。あんたと漢と見込んで、頼みがある。オレ様の……」
「……ほほう? 随分と大胆なことを考えているな、天才君? いいのか?」
「……ああ、望むところだ」
いつの間にか三菱ハヤトと社長が、何やら真剣な話をしていた。
雰囲気的に仕事の話をしているのだろうか?
でも一方は超大手事務所所属の若手トップ俳優で、もう一人はしがない弱小事務所の社長の関係。
どういう話をしているんだろう?
でもハヤト君の表情は、今まで以上に真剣そのものだった。
「そ、それでは、失礼します。お疲れ様です」
だからオレは聞き耳を立てずに、気配を消して立ち去っていく。
そのまま最寄りの駅に向かい、平和な我が家を目指すことにした。
「ふう……なんか、色々あったけど、打ち上げパーティー、美味して楽しかったな……」
一人でとぼとぼ歩きながら感慨深くなる。
初めての芸能界の打ち上げパーティーは、予想以上に楽しいものだった。また結果を出して参加したものだ。
「よし、明日からまた芸能活動を頑張って、一日でも早くA組に昇格を目指そう!」
感慨深くなったところで、現時点での目標を改めて誓う。
今のD組から3個も組を昇格しないと、アヤッチのいるA組にはいけない。本当に遠い道のりだ。
しかも期限はあと数ヶ月しかない。
とにかく焦らず少しずつ芸能活動で結果を出して、一個ずつ地道に昇格をしていくしかないのだ。
よし、頑張るぞ、オレよ!
◇
◇
そうやって地道に頑張っていくことを決意してから、しばらく日が経つ
平日のある日の朝。
オレはいつものように登校、教室に入っていく。
「あっ、ユウジ、おはよう! あれ、どうしたの、そんなに慌てて?」
金髪の友人ユウジが、何やら教室で騒いでいる。
いったいどうしたのだろう?
「おおおお、ライタ⁉ やっと、当人の一人が来たんか⁉」
「えっ? “当人の一人”って、どういう意味?」
「なんや、お前、知らんのか⁉ お前は来週から、A組に特別昇格になったんやで! あと、“あの三菱ハヤト”が今の事務所を辞めて、他校に転校になったんやで!」
「え? え? オレがA組に⁉ ハヤト君が事務所を辞めて、転校⁉ え? え? ど、どういうこと⁉ 何が起きたの⁉」
――――想定もしなかった大事件が連続で起きていた。
こうしてオレの地道な芸能計画は早くも、大波乱に巻き込まれてしまったのだ。
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