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特別な花
ジリリリリ………
けたたましく鳴る目覚ましを叩き、モゾモゾと布団から這い出る。
まだ完全に明けていない冬の朝は凍える様に寒い。
私はいつもの様に野菜やフルーツ達をミキサーにかけた。
だんだんと太陽の光が部屋に差し込むのを感じながら、私はグーっと伸びをする。
新しい職場は、朝が早かった。
玄関に飾られた花の水を変えたら、化粧もそこそこに急いで玄関を飛び出し自転車にまたがる。
一生懸命漕ぐ自転車と、モコモコと着込んだ上着のおかげで意外にも寒さは感じなかった。
「おはようございます!」
威勢よく店長に挨拶をすると、上着を脱いで仕事の準備に取り掛かる。
「また新しいTシャツ買ったのー?」
パーカーの下から覗くRENの笑顔を見て店長が笑いながら言った。
「当たり前です!
映画第二弾、上映記念Tシャツですから!!」
私は恥ずかしがることなく、店長に向けてドドーンとTシャツを引っ張って広げて見せた。
「本当、優里チャンって顔に似合わずオタクだよね〜。」
そんな呆れた様につぶやく店長の言葉も、私にとっては褒め言葉だ。
エプロンをさっと身につけると、さっそく今朝仕入れられたばかりの花たちの手入れを始める。
新しく就職したフラワーショップでの仕事は、想像以上に体力勝負の業務内容だった。
水仕事も多く、手は常に荒れて、ネイルも自由には楽しめない。
それでも、大切に手入れをした花々がお客さんを笑顔にしているのを見ていると幸せな気分になれた。
(大切に育ててもらってね)
お客さんに花たちが受け渡される時、私はいつも心の中でそっとつぶやいていた。
いつかは枯れると分かっている花だけど、どうか美しく咲き誇ってほしい。
沢山の人に見つめられ、愛されます様に…。
そんな思いを込めて花たちを見送った。
お店に溢れる花々は、どれも皆、それぞれ違った美しさを持っている。
お客さんによって、選ぶ花も全然違う。
そのどれもが、たった一つの特別な花だった。
私が前の職場を退職した後、残された女性社員は萌華一人になってしまった。
杉崎の話によると、萌華は急にキャラ変したように性格が変わり、部長の無理な要求も、営業からの甘えたお願いも
『ムリ・イヤ・フザケンナ』
の3パターンで突っぱねているらしい。
確かに女性社員一人であの仕事をこなすにはそれぐらいの逞しさを持たねばやり切れないかもしれない。
あの部長ですら、萌華にはタジタジらしい。
もう二度と萌華には関わりたくはないが、あの強さと図々しさだけは私も見習いたいと思う。
「ありがとうございました!」
花束を抱える男性客を見送る私は、化粧も薄く色っぽい服装で自分を着飾ったりはしていない。
でも、大好きなRENのTシャツをエプロンの下に着て、可愛く咲く花達に囲まれる生活に幸せを感じていた。
今の自分が一番自分らしいと思える…。
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