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プロローグ
山の頂にある展望用のベンチに、背中を丸めた老人が座っていた。と言っても、特に有名でもなければ、観光資源が近くにあるわけでもないこの山には、登山客はおろか、地元の者ですら滅多に訪れることもなく、山道と思しき道も存在していたが、草木が生い茂り、完全に自然へと還ってしまっている。
そんな場所に、このようなベンチが置かれていることは不思議なのだが、かつてはここを訪れる者がいたことを意味している。それを象徴するように、目に前に広がる景色はとても美しく、一見する価値はある。
沈み行く茜色の太陽と、金色に染められた空と山々。それを追って、とても深い群青色の布が覆う幻想的な景色。
世界の様々な理が変化する中で、変わらずにいることは、変わってしまうことよりも難しいことであるのかもしれない。
この変わらず美しいままの景色の価値を知る者がいないように、この山の名前を憶えている者がいないように、すべては忘れ去れてしまったのだから。
ベンチに座り佇む老人は、一体何を思い景色を眺めているのか。
その心中を知る者は、本人以外にはいない……。
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