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 いきなり現れたその老人は、神様だと言う。もちろん、どこの誰とも知らない老人の言葉などに耳を貸す二人ではないのだが、目の前におきた不思議な現象を説明するには、これほど説得力のある答えはなかった。 「本当に神様なの?」 「ああ、そうじゃよ。ワイは神様。それより(わっぱ)、何用でこんな時間に?」  夕暮れも通り過ぎ、空には群青色の夜が広がっていた。名前も忘れられたような山の頂に、朽ち果てたベンチが置かれただけの、展望台とは名ばかりのこの場所に、幼い子供が二人だけでいる理由を、老人は気になっていた。 「あのね、ここにどんなお願いでも叶えてくれる神様がいるって、おばあちゃんから聞いたの。おじいちゃんが神様なの?」 「如何にも、ワイが神様じゃよ」 「本当? じゃあ――」 「ちょっと待って夏鈴(かりん)! じいちゃん。本当に神様なら、証拠を見せてよ。話はそれからだ」 「(そう)ちゃん……」  老人と夏鈴との間に、割って入る奏凛(そうりん)。怪しい老人を、簡単に信じてしまう夏鈴とは違い、奏凛は警戒していた。 「ほっほほ。これは豪気な童よの。神を前にして、証拠を見せろとはのう。……これでどうかな?」  老人が、枯れ木のような細い腕を上にあげると、二人の身体が宙に浮いた。 「え、ちょ、ちょっと」 「……」  突然の出来事に、動揺する奏凛。夏鈴は――と言えば、声を発することなく、奏凛の背中に抱き着くだけだった。 「わかった。信じる、信じるから降ろしてよ!」 「わかればよい」  老人が腕を下すと、ゆっくりと二人の身体は地面へと降下する。重力や、体重などまるでないかのように、ゆっくりと降下する不思議な感覚に、次第に冷静さを取り戻す奏凛。それとは対照的に、恐怖で震える夏鈴。  少し余裕の出て来た奏凛は、夏鈴の震える手を強く握りしめ、自分の胸の辺りへ押し付ける。  それはいつも、夏鈴が泣いた時にする行動だった。 「ほれ、何か言うことはないかえ?」 「……疑ってごめんなさい」 「ほっほほほ。やはり、童は素直が一番じゃらろうて」  地面に座り込む二人。夏鈴の目には、安堵から涙が零れそうになっていた。しかし、奏凛の胸から伝わる鼓動のおかげで、泣き出しそうな気持ちをぐっとこらえる。小気味の良い鼓動が、命の音を刻む。それは、波の満ち引きのように穏やかで、夏鈴の不安な気持ちや恐怖を和らいでくれていた。  その隣で、奏凛は思考を巡らせていた。  この老人が、不思議な力を持っているとして、本当に神様なのだろうか――。  そもそも、神様が人間の願いを叶えてくれるのだろうか――。  見返りに、何を要求されるのだろうか――。  そして、この神様は、無事に自分たちを家へと帰してくれるのだろうか――。  およそ、子供とは思えない考え方、すべてを疑い最悪の状況を想像する奏凛。考えを巡らせても、この問題を解決する答えは浮かばなかった。 「ところで童。名を何と言う?」 「僕は、天乃奏凛(あまのそうりん)。こっちは、加木宮夏鈴(かきみやかりん)。小学四年生です」 「ほうー。立派な名じゃな」 「……神様は、神様に名前はありますか?」 「ワイか? ワイは……。はて、何じゃったかのう?」 「……え?」  老人は、自分の名前を忘れていた。
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