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「いやー、本当に助かった。二人には、感謝、感謝じゃよ」 「良かったね、忘れ神様」 「そうじゃの。奏坊と夏鈴のおかげじゃ。本当にありがとう」  さっきまで、死にそうな顔(神に、生死の概念があるのかは疑問だが)をしていた老人とは思えないほど、晴れやかな顔をする。自分が、消滅する危機を回避できたのだから仕方のないことだが、そこには神としての威厳は皆無であった。目は穏やかになり、曲がっていた腰はさらに丸くなり、口調まで優しくなっていた。  人間の子供に対して、「ありがとう」の言葉は大丈夫なのだろうか。 「それで、奏坊たちは、何か目的があってここに来たのじゃろう? 言うてみい、言うてみい。この忘れ神が、お礼にどんな願いでも叶えて進ぜよう」 「本当? 本当に、夏鈴たちのお願いを叶えてくれるの?」 「本当じゃとも。神は、嘘を付かん」 「じゃあね。忘れ神さ――」 「ちょっと待って!」  奏凛が、話に割って入る。何でも信じてしまう夏鈴も問題であるが、すぐに話の腰を折る奏凛も大概である。しかし、奏凛が話を止めるだけの理由があった。 「忘れ神。なぜ、僕たちがお願い事があってここに来たと分かった?」 「なんじゃ? そんなのは簡単なことじゃろうて」 「簡単なこと?」 「この展望台に来る人間には、二種類の人間しかおらん。人生に終わりを告げに来る者か、どうしても叶えたい願い事をする者じゃよ。奏坊たちのような、幼子(おさなご)が自殺するとは思えん。つまりじゃ、このワイに願い事をしに来た――と、推測したまでじゃよ」 「凄い! 忘れ神様は、頭がいいね」 「ほっほほほ。そうじゃろ、そうじゃろう。もっと、ワイを褒めてつかあさい」  地元の者ですらこの山を訪れることはなく、老人が言うように、自殺志願者か祈願者しか、この展望台に訪れることはない。生と死の入り混じった、酷く混沌とした空間。ある意味では、とても神秘的であり、一方で負の感情が漂う、混迷を極める異質な空間。  宗麟は、背中に冷たいものを感じた。 「それって、自殺しに来るってこと?」 「自殺? そうじゃな。まあ、大抵はここから見える素晴らしい景色を見て、思い留まるもんじゃがな」 「そ、そうか……。とにかく、納得した。忘れ神、僕たちの願いを叶えてくれ!」 「良かろう。では、願いを言うてみよ」  奏凛と夏鈴は、手を繋いだ。それは、どちらからそうしようとしたのではなく、自然と手を握っていた。お互いの、少しだけずれた鼓動と、確かで暖かな体温が伝わる。お互いの心が一つなるような、純粋な気持ちを、願いとして老人に告げる。 「夏鈴が、引っ越さないようにして!」 「……よかろう。その願い、この忘れ神が叶えてしんぜよう」  次の瞬間、奏凛と夏鈴を不思議な光が包む。黄金色の不思議な光。とても暖かく、不安や苦しみ、悩みや絶望など、すべてを忘れてしまうほどの光だった。  やがて、光が消えると、目の前にいた老人は消えていた。
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