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序章
「君は、勇気ある子だね」
男が言った。着物に洋風の外套を羽織っている。
傍には痣と泥まみれになった少年が座り込んでいた。
彼らがいるのは一軒の書店の前である。古風なつくりの店構えで、店先に書物が所狭しと並べられている。
ヒュウヒュウと木枯らしが二人にぶつかって、彼方に去っていく。
「そんなことないです。でも、大事な本を馬鹿にされて、俺、腹が立って……」
少年が頬を赤らめながら、うつむきがちに呟く。
「君は本に興味があるのかね」
男が驚いたように言った。
「はい。大きくなったら俺、文士になりたいんです。今は本を買うお金はないんですけれど……」
きらきらと真ん丸な瞳が星空のように輝きだす。
「そうか、そうか」
男はしばし考えた後、懐から一冊の本を取り出し、小さな紙きれをはさんで少年に差し出した。
「君がもっと大きくなって、独り立ちできるようになってもまだその夢を持ち続けているなら、ここへいらっしゃい。きっと力になれる」
少年はぼうっとした様子でそれを受け取る。男はにっこりと笑って、踵を返した。
「あの、お名前は」
少年が追いかけるように問うた。
「私かい?私は―――」
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