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1週間後、康介は都心の病院の病室前にいた。もう10分もそこに立ったままでいる。中に入る勇気が出ないのだ。
なんと声を掛けたらよいだろう。迷いに迷っているうちに扉の前に人の気配。そのまま扉はガラリっと開いた。
「やぁ、どうも。待ってたよ」
目の前に立っていたのは白髪の優しそうな老人だった。
「さぁさぁ、入って入って」
康介の言葉を待たずに康介の手を取り病室の中へと誘う。まさか、現実のアルフィが俺よりだいぶ年上の人だったなんて……。戸惑いながらも取られたその手の感覚は老人と孫、というよりはやっぱり懐かしい友人と触れ合ったあの気持ちがあふれ出る感覚であることに安心感を覚えながら歩き始めた。
「アルフィ……」
康介が思わず口にすると老人はいたずらが見つかった子供のように笑いながら、
「その名前で、呼ばれるのは随分久しぶりだねぇ」と口にしたのだった。
『さよなら世界』さん―—今は雄一郎という名前の、アルフィがこの話を投稿しようと思ったのは自分の余命がそう長くないと分かったからだと、穏やかな口ぶりで康介にそう話した。
まだ、死とは程遠いところにいる高校生の康介にはその衝撃はとても大きなものだった。浮かぶ言葉もないほどに。
雄一郎はその様子を見て取ると転生を繰り返している僕たちはまた次の人生へと向かっているということなんだよ。生きることと死ぬことは順繰りにやって来る。と、先ほどと全く変わらぬ様子で話し続けた。
「私は、あの人生で君と分かり合えないまま2人の関係が終わりを告げたことをずっと後悔していたんだ。まだまだやりたいこともあったしね」
雄一郎は康介の目をみつめながらそのまま話し続けた。
「出会えれば幸運だ。出会えなかったとしてもどこかに自分たちの物語を残しておいたら自分がこの世界での寿命を終えていなくなったとしても、いつかランディが読めばきっと気づいてくれるだろう。自分の想いは物語に込めたから」
こうして康介と雄一郎は穏やかに病室で時間を過ごしたのだった。
せっかく会えたのに、雄一郎はもう自分の人生を終えようとしている。
そんな雄一郎いや、アルフィにしてやれることはあるだろうか?
康介はそれからしばらくの間、時間を見つけては雄一郎のもとへ通い続けた。前世の思い出話をすることもあれば、今の現在の自分のことについて話すこともあった。そしてたまには病院を抜け出してこっそり近く美味しいと評判のパン屋さんに買い物に出かけることもあった。
看護師は
「お孫さんですか? 仲、およろしいんですね」と話しかけられることもあったが2人してニッコリと笑顔でごまかした。
一か月ほどたったころ康介は試験で2週間ほど雄一郎をたずねることができなかった。その間も物語の更新はされていたのできっと雄一郎は自分と一緒にいたあの時代を思いながら、(病気なのに変な言い方だ)元気に物語を書き進めているのだろう、と康介はすっかり安心しきって更新される物語を懐かしく思いながら読んでいた。
けれどもある日『空の孤島と地底の鳥』の更新はパッタリ止まってしまった。
康介にはついにその時が来てしまったのだと分かった。あぁ、とうとうこの日が来てしまった。康介はPCを開き、もしその時が来たら、と雄一郎から聞いたIDとパスワードを使って『さよなら世界』さんとして小説投稿サイトにログインする。
悲しいとかつらいとか様々な思いがないまぜになっているが、康介には果たさなければいけない雄一郎との約束があった。
康介はそのまま下書きのページに飛ぶ。
保存されている残された文章、それが雄一郎からの最後のメッセージだった。
「既に私が書き上げた1章はそのまま投稿してほしい。未作成の2章分は君が書いてサイトに投稿してくれないだろうか。
ランディ、今世では勇気を出してよかった。短い間だったけどこの人生で君と話せたことはアルフィとしても雄一郎としても幸せだったよ。ありがとう。また会おう」と締め括られていた。
ランディの涙なのか、自分の涙なのかそんなことはどうでもよくなるくらい涙をながすと康介はアルフィの遺言通りに行動した。
自分が描かなければいけない残り物語は、作者が変わったことを気づかれないように最新の注意を払い、何日もかけて書き進めた。
一番最後は実際にランディが前世でアルフィを訪ねて行ったことをそのまま書いた。こんな感じだ。
すっかり老人となったランディはアルフィの墓前にひとり立つ。
「お前の好物を持ってきたぞ」
ワインとチーズ、野菜の煮込みを墓前で広げ、そこにひとり眠るランディに思い出話や自分の人生に起こったことをとひつひとつゆっくり語り始めるのだった。
康介は「了」まで書き終えると、深い深いため息をひとつついた。
「本当に少しの間だったけど、ありがとう。また会えるのを楽しみにしているよ」
そっとランディに語りかけると康介は雄一郎の好物だった水羊羹を買うために立ち上がった。
了
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