貴方が帰ってくる頃、私は物言わぬ紫水晶に変わってしまっているかしら。

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貴方が帰ってくる頃、私は物言わぬ紫水晶に変わってしまっているかしら。

 ある日の昼下がり、左腕の瘡蓋を剥がしていると、ピキ、と音を立てて紫水晶が生えてきた。  え、と声に出るのと同時にその水晶を手折ると、更に紫水晶はその面積を広げ始めた。 ピキパキパキピキピキポキポキピキパキパキピキピキピキ  生えるスピードよりも早く折ろうとするが、体は徐々に紫色の鉱石で埋め尽くされていく。手に持ちきれないほどの紫水晶を持って思案に暮れていると、侵食は止まった。どうやら取り除こうとしなければ侵食は収まるようだった。  三歳くらいの時が私の最盛期だったの、と私はことある毎に繰り返した。私の歯がまだ乳歯だった頃、神が計算して作ったかのように全て完璧で、きっとどこを計っても黄金比だったに違いない。とにかく、その歯が抜けてしまうことを怖れた私は、大人の歯が生えてきても抜かずに、そして。 歪な私が生まれてしまった。  かつてフランス人形のようだと言われた私は完全であることを望み、凹凸を厭い、瘡蓋やニキビができれば、すぐに取り除かなければ気が済まない性質だった。心にも完璧を求め、初めて付き合った人と結婚して添い遂げるのが正しいと信じて疑わなかった。どうやら普通の人は違うらしいと気が付いたのは物心がついて随分経ってからだったように思う。顔も恋人も、不要なものを塗り重ねて完璧に近づけていくらしかった。  私は違う。元が完璧だったのだ。 不要なものは削ぎ落とさなければならない。完璧な人生を送るためには、恋人に対する不信感や違和感こそが不要なものだと断じた。そうして心と体に傷を残し、それが逆効果であることは分かっているはずなのに、来る日も来る日も不要なものを削ごうとひたすらに繰り返した。そして今も、体が覆われていくにも関わらず、部屋に紫水晶を散らしている。 不完全な自分を圧し殺すかのように。
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