貴方が帰ってくる頃、私は物言わぬ紫水晶に変わってしまっているかしら。

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 何故体がこんな変容を遂げてしまったのだろう。神の愛した体を大切にしなかった罰なのだろ うか。今の私は傷口から紫水晶を生やして、どんどん人としての形を失っていっている。だと言うのに、私は心のどこか安堵している。  結婚さえすれば完璧になるのだと、かつての私は思っていた。おとぎ話のエンディングはいつだってハッピーエンドで、私の人生もそうだと疑問も懐かずに信じていた。そして成長するにつれそうではないことを知り、今更普通の人の路線に乗ることも叶わず、完璧になどなれないと理解して、そうして辿り着いたこの袋小路の1LDKで、人間を終えて紫水晶になろうとしている。左腕から始まった侵食は既に首元に到達し、顔を動かすことができなくなった。耳朶に生えた氷柱のような水晶が足に刺さり、今度は左足も刺々しい冷たく硬いモノに変質していく。それでも、水晶を折る手は止まらない。反射的に、体は動いてしまう。不完全であることを、私は断じて許さない。  貴方は不完全な私のことを好きだと言ってくれたけれど、私は不完全な人間より完全な紫水晶になりたいみたい。きっと完璧になるわ。ねぇ。貴方も、完璧になった私を愛してくれるかしら……?  カーテンから夕日が射し込んでくる。やがて夕日は落ちて、部屋に紫色の影を落とすことだろう。紫水晶の散らばる部屋は、煌めいて貴方を出迎えるだろうか。きっとそうであって欲しいと、もう閉じることもできなくなった瞼の奥で考える。  貴方が帰ってくる頃、私は物言わぬ紫水晶に変わってしまっているかしら。
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