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第2話「スキル【通信】」
ズシン、ズシンズシン……!
牙城そのものがぶっ壊れそうなくらいの振動が鳴り響く。
さらに足音に被せるようにして、
『グルァァァァッァアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
ビリビリビリッッ!!
カールの絶叫など兎の鳴き声程度に霞ませるほど、すさまじく凶悪な咆哮を上げるモンスターがいる。
「う……く。お、オーガロード……!」
ズンズンズン!…………ズゥン!!
くそ!
畜生!!
あいつらぁぁあ!!
イアン達は、どうやらよほど手際よく誘い込んだのだろう。
ほとんど迷う様子もなく、オーガロードの足音が迫りくる!
「やられてたまるか! こんなとこでやられるもんかッ!」
幸いにも雑用係のカールは結構な物持ちだ。
もちろん、その荷物はほとんどが消耗品ばかりで高価なものは持ち合わせていないが、手持ちの荷物の中には回復アイテムもある。
それを使って、なんとか応急処置を済ませたが、イアンとグルジアに負わされた傷では立って歩くことすらままならない。這って進むのがせいぜいといった程度。
当然だ……それを狙っての切り傷だ。
ポーションくらいで完治すれば世話はない。
「く、なんとか動けるけど───いってぇ……!」
せめてどこかに身を隠せれば何とかなったかもしれないが、
イアン達はそれすら見越して、このだだっ広い牙城の中庭を『餌場』と決めていたようだ。
隠れる場所もなければ、
這って進んでも、中庭の出口が気が遠くなるほど遠い───。
「あいつら、マジでクソだな!!」
……バカだった。
あんな奴を、あんな連中を信用したカールが愚かだったのだ。
今思えば、パーティにいた頃からロクな扱いを受けていなかったのに、同じ村の出身ということで心を許していた自分が恨めしい。
ほんと理不尽なことだらけだ……。
給料はピンハネされるし、
大荷物をもつのはカールただ一人。
しかも、宿だって安い部屋しか割り当ててもらえないし、
……そもそも、
「アイツら、いっつも俺を馬鹿にしていやがった……」
本当は知っていた。
気づいてもいた……。
心の底では、イアンがカールを嫌っており、蔑んでいたことを。
……夜、彼等が仲間内で酒を飲むときは、絶対にカールは呼ばれなかったし、
恥ずかしいけど、こっそり様子を窺った酒宴の席はカールの悪口で溢れていた。
悔しかったよ……。
でも、
……それでも、最後の最後まで信用してしまった。
まさか、同じ冒険者同士、こんな非道なことをする奴だなんて信じられなかったからだ──────!
「カール。俺が勇者になって魔王を倒してやるぜ」
そういって、勧誘してくれたイアンを思い出した。
だけど、アイツは魔王はおろか、
オーガロードにすら戦おうとせず、あまつさえ仲間を囮にして目的を達成しようとするような奴だった!
『グルゥゥゥゥゥゥゥウ……』
ふしゅー。
ふしゅー。
後悔に苛まれていると、白い湯気を吐きながら巨大なオーガが奥からのそりと出現する。
中庭の先から姿をみせたソイツの顔の凶悪なこと……!
(ううう!! あ、あれ、がオーガロード───……?!)
現時点の冒険者たちでは、討伐不可能とすら言われた最強最悪の魔物。
Sランクが束になっても敵わないと言われているくらいだ。
『グルル………………グルゥ?』
やばい目と目が合った……!
こ、このままじゃ……。
『ゴルルゥ♪』
ベロりとした嘗めずりするオーガロード。Lv100超えのカール。餌には十分だとみなしたらしいけど───……。
「い、いやだ……。いやだ……!」
し、死にたくない!
死にたくない!!
ズシンッ! ズシン……!
この振動、
この悪寒、
この恐怖───……。
「あ、ああああああ……!!」
フラッシュバックするのは、10年前の光景───。
誰かに庇われて、助けられたあの地下室だ……。
その外で鳴り響く、肉を引き裂き、骨をかみ砕き、血を啜る醜悪な音──────……!
い、嫌だ!!
「いやだぁぁぁああああああああ!!」
全力で否定するカール。
諦めも、達観もない!
ただただ、怖い……食われたくない! だいたい、なんで俺が食われなきゃならないんだ!!
「ち、」
畜生ぉぉぉっぁっぁああああああああああ!
助けて……!
誰か助けて──────!
(……ッ! そ、そうだ!!)
「───す、ステータスオープン!」
ブゥン!
カールは起死回生をねらい、ステータス画面を呼び出す。
そして、迷わずスキルを起動!
※ ※ ※
レ ベ ル:100
名 前:カール・オルドビス
固有スキル:【通信】Lv2
● 能力値
体 力: 312
筋 力: 201
防御力: 123
魔 力: 45
敏 捷: 288
抵抗力: 75
残ステータスポイント「+8」
スロット1:剣技Lv2
スロット2:解体Lv1
スロット3:通信Lv2
スロット4:運搬Lv3
● 称号「電話屋」
⇒ 通信魔道具や念話を使いまくる電話好き。
≪恩恵≫通信時の音声が少しクリアになる
※ ※ ※
「こ、これだ……!!」
固有スキル【通信】Lv2 ← ピコン♪
能力:SPを使用し、離れた相手と通信が可能。
あらゆる言語および技術体系に対し通信ができる。
ステータス画面に触れ、
ピコ~ン♪ と、通信のスキルを選択すると、
軽やかな音共に、小ウィンドウが展開される。
※ ※ ※
スキル【通信】Lv2
↓ ピコン♪
●拡張機能:固定通信ポイントの追加
〇通信ポイント1【雷の弾丸】
〇通信ポイント2【冒険者ギルド辺境支部】
……あった!!
イアンの野郎が、定時連絡のために無理やり入れてさせたギルド支部───!
「あったぞ……畜生!!」
ざまぁみろ!!
(俺の【通信】をバカにしやがって……! ギルドを登録したことを忘れてやがったな、馬鹿め!)
「──見てろよ、イアン! 目にもの見せてやる……! お前らの悪事をばらしてやるからな!」
ブゥン……!
ステータス画面を再び呼び出すと、
迷わずギルド支部を呼び出す。
(届くか……? 頼むぞ……!)
恐ろしく長大な距離をつなぐことができる【通信】スキルにも欠点は多い。
扉やちょっとした壁程度ならともかく、山や丘、巨大な建造物などの障害物が間に入るとたちまち通信が不可能になるのだ。
……その代わり、通信可能距離にあるものであれば、
【念話】や『通信魔道具』を問わず「全てに通信が可能」という、ちょっと飛び抜けた性能を持ったスキル。
──しかも、スキルレベルが上がれば通信相手の固定が設定可能という便利機能付き!
(……大丈夫。フィールド型ダンジョンで良かった。ここなら障害物が多いが、多分……つながるはず───!)
ザザザ───ザッ!
「頼む……! 頼む───……!」
ザザ、ザーーーーーーー……!
「頼む───」
ザ───ビュィン♪
しばらく、呼び出すようなリードタイムが空いたかと思うと、
ついにステータス画面が呼び出しに応じた!
なんと、小ウィンドウに一人の女性が映し出されたのだ。
『あら? 通信魔道具が反応───珍しいわ、ね……って、カールさん?!』
そこに顔を出したのは眼鏡の美人。
たしか、辺境のギルドの受付嬢だ。今回のダンジョントライに際して、拠点としたギルドの職員に違いない。
「ッ! あああ! や、やった!!」
通信成功に思わず小躍りするカール。
すぐそこまでオーガロードが迫っているのに、救われた気分だ。
『ど、どうしたんですか? 酷いケガをしているようですけど……』
「き、緊急事態です! お願いです───助けて」
『え? き、緊急事態? ほ、他の人はどうしたんですか? イアンさんや、エミリーさん……。それに、今は悪鬼の牙城のはずじゃ───』
「そうです!! 今まさにそこにいます───ですが、イアンに……イアン達に裏切られたんです!」
救助と同時に、必死でイアンの裏切りを訴えるカール。
間に合わなかったとしても、せめてイアン達の悪事だけでも訴えておかなければ死んでも死にきれない───。
『えええ?! い、イアンさんが? そ、そんなバカな? と、とにかく落ち着いてください! すぐに救援をさし向けますから、まずは一体なにが───あ、ちょ』
通信の向こうで、ガタガタ! と音がする。
おいおい!
落ち着いていられるか!!
今すぐ救援が必要なんだよ! オーガロードに追われて数秒も余裕はねぇんだよぉぉおお!!
『(……ま、マスター?! な、なんですか? ちょっと、やめ……!)』
『(どけ、ごら!)』
「な、なにやってるんですか? 受付さん?! ちょ、ちょっと! 聞いているんですか?! ちょっとぉぉお!」
通信魔道具の不調?!
いや……それはないか。ギルドの通信魔道具は大型で簡単に壊れるような代物ではない。
そう思っていた矢先、ぬぅ、っと姿を見せたのは美人受付嬢に代わり、ガチムチのハゲ男。
『おい、お前───カールだろ? 『雷の弾丸』に寄生している』
「は、はぁ?」
開口一番「寄生」とは……あんまりな言葉!
いや、待て。コイツは確か───……。
「あ、アンタは、辺境支部のギルドマスター?! ちょ、ちょうどよかった!! 聞いてくれッ!」
いや、でも、これはこれでありがたい。
ギルドマスターが相手なら、これほどイアンの悪事を訴えるのに適した人はいない。
イアンの悪事を聞き届け、
きっとカールこの後が死んだとしても、必ず奴を罰してくれるに違いない───!
『……ちッ、困るなぁ。スキルを悪用しての誹謗中傷は、よ。……お前のことはイアン氏からよ~く聞いているぜ。なんでも、陰でイアン達を脅して寄生しているとんでもない悪人だとな───』
「…………………………は?」
か、陰で脅して……寄生?
イアンをカールがぁ??
「あ、アンタ、何を訳の分からないことを……!」
カールは一瞬───痛む足のことも、オーガロードに追われていることも忘れて、呆然とする。
それほど、ギルドマスターの口から出た言葉は衝撃的であった。
『ふん!……大方、普段もこうしてスキルを悪用して、遠方にイアン達の悪評をバラまいているんだろう? そうだな───イアン氏の言う通りだったな。……仮にお前から連絡があってもまともに相手をするなと聞かされていたんだよ! というわけで、残念だが、お前の目論見はバレているんだ。わかったら二度と連絡してくるなよ。いいな!』
「ちょ?! なに言ってん───」
イアンが何か言う前に無理やり通信が閉ざされる。
『(ま、マスター! なに言ってんですか。救援要請を無視するなんて───)』
『黙れ! 余計なことをしないで通常業務に戻れ! いいな!』
通信の向こうでさっきの受付嬢の声がする。
だが、それを最後にギルド側の通信も一方的に切られてしまった。
『二度と連絡するなよ! このカススキルの脅迫野郎が』
「───な?!」
ブツン───……。
「お、おい?!」
どうやら向こうで魔力の供給を切ったらしく、
何度呼び出しても、今度は全く応答がなくなってしまった。
「おい、アンタ?! おぉぉい!! ふざけんなよっ! おい!! ハゲぇぇぇえ!!」
そこから先は何度【通信】を試みても応答なし───。
「おい! おい!! おおおおおおおおおい!!………………畜生ぉぉぉぉおおおおお!!」
くそ!!
くそ!!
くそぉぉお!! あのハゲぇぇえ!!
ガンガンガン!!
ステータス画面五指にぶん殴る!!
ぶん殴る!!
───ブゥン……。
●拡張機能:固定通信ポイント
〇通信ポイント1【雷の弾丸】
〇通信ポイント2【冒険者ギルド辺境支部】←削除!!
バァン! と勢いよくステータス画面を殴りつけるようにして、忌々しいギルドの通信欄を削除する。
「死ね! 腐れハゲが!」
───くそぉぉおお!!
心の中にあったのは「ふざけんなよ!」と言った気持ちだ。
それもこれも、ぜーーーーーんぶ、
「イアンーーーーーーーーーーーーーー!! クソやろぉぉぉぉおおおおおお!」
そして、先回りして手を打っていたイアンに対する怒り───……!
アイツは是が非でも、カールをオーガロードの餌にするつもりなのだ!
今頃はダンジョンの奥に向かっているに違いないが……。
そうはさせるかッ!!
「ぜ、絶対に許せねぇ……!」
おそらく、イアンは相当前から準備していたのだろう。
そして、カールがギルドに連絡することも予期していた……。
だけどよぉ、
「───まだだ……! まだ終わんねぇよ!! イアンッ!」
『グルァァァアアアアアアア!』
オーガロードに捕捉されたのか、かなりの近距離から咆哮が響く。
だが、
「やかましいッ! 今それどころじゃねぇぇえ!」
イアンをぶん殴る勢いでカールは叫ぶ!
まだ、残ってるんんだよ……。
そうとも、まだ一発ぶん殴れる余地はある!!
……忘れると思うなよ、イアン達への【通信】直通ポイント!!
「────逃がすものか、イアン!!」
俺のスキル…………舐めんなよッ!
スキル!
【通信】起動──────……!!
ブゥン……!
※ ※ ※
●拡張機能:固定通信ポイント
〇通信ポイント1【雷の弾丸】←ピコン♪
〇通信ポイント2【なし】
●通信ポイント固定候補
⇒冒険者ギルド辺境支部(候補消滅まで09:35)
※ ※ ※
……ザザザッ、ビュィン♪
ステータス画面に小ウインドウが現れ、砂嵐が奔る。
『……ん? なんだ? 通信魔道具が反応して───』
そこにほどなくして、あのくそ野郎の顔が……!
あの、腐れSランクのリーダーイアン・バナッシの顔が映ったッ!!
すぅぅぅ……。
「イアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」
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