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第3話「西部な男」
───やめろ。
ギルド内の……酒場にいる冒険者たちの中から飛び出した制止の声。
一瞬で場の空気が凍り付く……。
勇者アレスの凍てつくような視線が周囲を薙いでいるのだ。
「何か言ったかい?」
ジロっと全体を見据えるような視線。
しかし、誰も答えない。
「んん? 誰だい? 隠れてないで出てきなよ」
すーーっと、
アレスが視線を泳がせると、怯えた様に首を竦める冒険者たち。
それを見て、アレスは呆れ返った。
(なーんだ、ただのビビリが、衝動的に言っただけか──)
と、気にしない事にした。
「ん? ……オデ、続けるど?」
ヌゥと手を伸ばすベルンに、
「やめろと言ったんだが、……聞こえんのか? うすらデカ」
シーーーーーーーーン……。
この空気の中……。
どこの誰が?
うつむく冒険者が、チラチラと横目で仲間の顔を窺っていると……、
騒がしい一角があった。
「お、おい! オッサン止めとけって!」
あるで空気を読まない少年が一人。
誰もが俯いて視線を逃れようとしている中、騒がしいその人──。
って、アイツ──誰だ?
じー、と視線が集中する。
よくよき見れば、…………例の二人組だ。
酒を片手に実にリラックスした態度の男。
一方でテーブル越しに男を宥めている少年。
男の年齢は少年よりはるかに上で……彼の、祖父くらいだろうか? だが、まったく親子には見えない。
ワイワイと少年は騒がしいが、相方の男は帽子を目深くかぶったまま微動だにしなかった。
「お前か? なんだよ。言いたいことがあるのか?」
「…………」
しかし、アレスに答えるでもなく、
男はグビリと酒を煽り、あからさまにアレスを無視しているように見える。
その態度に、ピクリ……と頬を硬直させて、額に青筋を浮かべたアレス。
二人の様子をハラハラと見守るギルド職員と冒険者は、すでに顔面蒼白だ。
そのうちにアレスの視線がギルド職員達を見据えると、彼らはブンブンと首を振って、「知らない、知らない!」とうわ言の様に呟いている。
(うん? ……──冒険者じゃない?)
いぶかしむアレスは、
「さっき何か言っただろ? ビビッて喋れなくなったのかな?」
「…………」
完全無視。
「そうかい……俺の勘違いだったようだな」
全く反論しないその男に苛立ちを覚えつつも──意趣返しを思い付く。
無視か、それもいいだろう。
それなら、相手にしたくなるようにしてやる──と、ベルンに顎で合図する。
────犯れ、と。
それを受けてニチャアと笑うベルンは、再び動き出す。
主に股間が……。
「ゲヘッ……オデ、凄く溜まってる……朝まで──」
「──やめろと言っただろうかデカブツ。耳が聞こえのか? 頭が悪いのか? お前の首の上に乗ってるのは帽子掛けか、ああん?」
目深にかぶっていた帽子をツィッと、ずらしてベルンを見上げた。
帽子の作る陰影の中に鋭い眼光が見え隠れしている。
歴戦のベルンですら一瞬怯んでしまったほどだ。
だが、
「おいおいおい……誰に向かって口を聞いているのか分かっているのか?」
アレスは口角を釣り上げて、男を挑発するような話し方をする。
「その恰好からすると、この辺の人間じゃないよな? 南部の人間か……?」
先鋭的な国家の多い東海岸と違い、
農業や畜産の盛んな南部ではこういった鎧や兜ではなく、軽装を主体とした牧歌的な雰囲気の者もいるという。
鉄の防具による防御力よりも、人間の身軽さに身上を置いているためだとか……。
「…………」
しかし、男はアレスには一切目を向けない。
「え? え? アレス……いいのが?」
ベルンは手を止めていたのだが、アレスの意図がわかっていたので確認してきた。
だから、アレスは一言で言い放つ。
男に目にもの見せてくれると──。
「いい! 無茶苦茶にしてやれベルン!」
「わがっだー」
ニカァと子供が見たら絶対泣いちゃう笑顔でベルンは幼女を見ると、
「楽しいごとじよう──」パァン!「──アヅ!」
何かが破裂するような音がしたかと思うと、ベルンの悲鳴があがる。
途端に「シーン」と静まり返った場に、全員が呆気に取られた。
え?
今、何が起こった? と……。
余裕そうにふるまっているのは例の二人組だけ──。
勇者といえど、アレスも人間。
予想外の事態に一瞬、思考停止していたアレス。
は?
(な、なんの音だ?)
…………。
疑問符を浮かべるアレス達を尻目に、先に沈黙を破ったのはベルン。
い、
「いでぇぇぇぇ!」
ドターン! と、悲鳴をあげて突然ベルンが倒れた。
その様子に、攻撃されたことを悟ったアレスだが──。
「な、なんだ…………?」
未だにポカンとした顔で硬直するアレス。
冒険者連中も同様で、
ほぼ全員が硬直している。
動いているのは、「いでーいでー、いでーよぉぉぉ」、と転げまわり暴れているベルンと、
「おいおいおい……オッサン! 何やってんだよ!?」
「ガルムさんと言え」
少年に呆れたように小突かれている男。
ソイツは何やら小さな金属の塊から煙を吹かせていた。同時に周囲には嗅いだこともない妙な匂いが漂っている。
「な、何をした」
「おいたが過ぎるぞ……小僧」
そこで初めてアレスに向き直る男……ガルム。
椅子に腰かけたまま横座りになり、ふんぞり返って言う。
「ここは酒を飲む場所だ……女が欲しけりゃ、そこらの売女を買え」
一気に言った。
「な、こ!」
まさか正面切って反論されるとは思っていなかったのか言葉にならないアレス。
「聞こえんのか? お友達と一緒で、お前の首から上についてるのは帽子掛けか? あぁん!?」
目深にかぶった帽子のまま、その表情を読ませずにポンポンと乱暴な言葉が飛び出す。
どれもこれもアレスが『勇者』として活動している間には早々聞けるものではなかった。
精々、魔王軍の強敵と向かい合ったときや、
誘拐したどこかの女が恨み節に言うくらいなモノ。
「て、め!」
ブルブルと震えるアレスに仲裁に入る人物がいた。
「よーよーよー……すまんね。ウチの連れが……」
と軽い調子で少年──ビリィが仲裁でもするつもりなのか、気安げに近寄ってくる。
──来るが、アレスには目に入らない。
ワナワナと震えてガルムを見下ろすが、そんな様子など微塵も気にした風もなくガルムは続けた。
「小僧、諸々弁償して出ていけ。……不味い酒がさらに不味くなる──とっとと失せろっ」
そう言って、男は胸にある勲章のような……一見して五芒星の何かのマジックアイテムらしきものを、「トントン」と軽く叩いて見せた。
「止めとけってオッサン──」
「──ビリィ、何べんも言わせるな、ガルムさんだ!」
「へーへー……ガルムさん。これでいいかい? ってかよー……」
ポリポリと頭を掻きつつビリィは言う。
「────保安官バッジなんて効果あるわけねぇだろ?」
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